騎士道の華
第十三章 武勇に誇る仏軍の無謀

さるほどにフランス軍は、イギリス軍を追って、かのブランク・タークの渡し手前で、その本軍に続こうとしていた輜重に迫り、苦もなくこれを鹵獲して、気勢いよいよあがり、こちらは重騎兵が多かったこととで、ブランク・タークよりせず、アブビルのところから渡河し、総勢事なく河を越えたが、敵の所在が判明しなかったので、軍はその一夜をアブビルに過ごした。もっとも、夕刻、斥候はイギリス軍の斥候に遭遇した事を伝え、またイギリス軍はクレシー村の方面にある事を報告してきたが、しかもしれは朧げな推測に過ぎなかった。

翌二十六日朝、軍はアブビルを出発して、とにかくもクレシー方向に進んだ。北方より来り会すべきはずの援軍は未だ到らず、また一部隊は敵の所在を誤って遥かに北へ行ってしまったが、この時のフランス軍は、総勢六万、正しく敵に三倍する兵力を持っていたのであった。されば、フランス軍の騎士らは、いずれも敵を侮ってその武勇に誇り、勝敗の如きはむしろ問題ではなく、この劣勢のイギリス軍を撃破するのは、ただ一挙手の労をもって足れりと信じていたので、前夜には、まだ見ない分捕品や恩賞などの事に関して、かれこれ評定の果てはついに口論に及んだものさえあったという。けだし、フランス方には、イギリス方よりも重騎兵遥かに多くかつ、それらは北部フランス中部フランスの精兵で、ドイツ帝国の傭い騎士や義勇兵も少なからず、皆共に気を負って功名を貪る貔貅の群れであった。ただし、歩兵には、ジェノヴァの弓手の六、七千人を除いては、いずれも新兵で、あまり頼みとするに足らない者のみであった。

かくて、フィリップ六世は、全軍を率いて、不規律な隊列を街道に進め、朝アブビルを発してから、六リーグの行軍を続けて、ブレー村に達したが、時はあたかも夏の盛りの、中天に輝き渡った太陽は、容赦もなく強烈な熱と光を地上に投げかけていたので、これに照りつけられながら、影もない街道筋を長く行軍しつづけた人馬の疲労は一しおであった。しかして、フィリップ六世は、ここまで来て、初めて敵がクレシーにある確報を得た。彼は、ただちに四人の騎士を派して、さらに偵察せしめた。間もなく、かの四人は帰って来て、敵の地の利を占めている事を報告し、これに対する方策としては、一先ずここで軍隊の規律を正した上、明朝をもって進撃するがよろしかろうという事を具申した。

フィリップ六世は、これをいれ、ただちに二人の将官を前方に送り、かのヴォレー・オー・クレルの東側の丘にあったエストレー村で、先陣の兵を止めしめた。しかるに、後陣の兵はひたすら戦いを望んで止まることを欲せず、立ち騒ぎつつ不規則に前進した。

王のエストレー村に到着したのは、あたかも夕方の礼拝時で、すでに日暮れに近く、人々皆疲れていないではなかったけれども、しかも後陣の前進に伴って総勢再び行進を起し、戦いを欲する鬨の声は全軍を波だたした。さきに、先陣の行進を停止せしむるべき命を受けて、そこに駆け向った二人の将官も、この勢いを如何ともするあたわず、すこぶるもてあましつつあった。

時にイギリスの王后フィリッパの里方で、今は無二のフランス王方と変わったエノー伯ジャンは、フィリップ六世の前に出て、後陣の騎士如何に戦いを欲して喧騒するとも、この場合一先ず兵を休息せしめ、明日諸軍のことごとく集まるを待って戦いを始めたまえ、と重ねて今ただちに戦うことの不可なるを説き、明日進撃のしかるべきを主張した。これ、長途の行軍に疲れた規律の乱れた兵をもって、ゆっくり待ち構えている敵と戦うのは、甚だ不利なるのみならず、今やすでに夜に近づいたので、たとえ勝つとも、十分の事はなし得ないのをおもんばったからであった。

されども、フランス軍の騎士は、皆ともにその武勇に傲り、その優勢をたのんで、さらに老将の憂虞を顧みず、ただただ声を張りあげて、一気に蹴散らせ、一気に突き破れ、とのみ叫んだ。あまりにこの叫び声が盛んだったので、王もまたこれに心を動かされ、ついに、このまま攻めかかるべき意を決し、ただちに命をジェノヴァの弓兵に下し、彼らをして急ぎ前面に進出せしめた。

第十三章 了


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