驟雨一過、すでにして天晴れ、夕陽さらに光を放つにあたり、日に向っていたフランス軍は、その赤光に顔を容赦もなく照らしつけられ、すこぶる損な地位に立ったが、しかもフィリップ六世は顧慮するところ無く進撃を命じたので、真先にあったジェノヴァ兵は、たちまち前進を始めた。途中二度まで足をとどめて鬨の声を挙げつつ進んだジェノヴァ兵は、すでに十分矢頃に入ったと思うや、はたと足をとどめて、一しお高く第三の鬨の声を挙げると同時に、その矢を放った。
これに対して、イギリスの弓手もまた前に進み出て、その放つ矢は、『吹雪の如くであった』という。ジェノヴァ人は熟練した弓兵であったけれども、イギリス方の弓手は、数において優るのみならず、その狙い確実にして、透徹力もまた強く、到底彼らの敵するところでなかった。されば、彼らはしばらくにして敵の攻撃に耐えず、たちまち乱れ立って、あるいは傷ついて走り、あるいは自ら弓の弦を折って逃げるものもあった。
フィリップ六世は、このジェノヴァ人の退却を見て大いに怒り、『こや、わがためにこれらの奴輩を打ち殺せ、彼らは理由なく我が道を塞ぐものなり。』と叫んだ。弓手の背後にあって、先程から待ちかねていたアランソン伯の率いた先鋒重騎兵の一隊は、これと聞くや、サッとばかりに、馬を前なるジェノヴァ人の内に乗り入れ、容赦なく蹴り立て踏み躙って、道を開いた。ここにおいてか、重騎兵の各隊は、先を争って突進した。けれども、イギリス方の弓手が、ここぞとばかり精力を尽くして射出す矢は、なかなかに勢い烈しく、ために多くは敵陣に至らずして倒れ、しからざるもまたあるいは馬を失い、あるいは傷を受けた。しかして、これらの者が引きかえさんとするに際し、後隊はこれを知らず、ただひたすらに、先鋒の人々にのみ功名さすな、我等も善き敵を虜にせんと、押し出すばかりだったので、一層混乱を増し、空しく敵の弓手の標的となり、いたずらにその惨禍を重ねるとはなった。
さりながら、中にも武道を磨くアランソン伯及びロートリンゲン伯の隊のみは、射れども撃てどもさらに物ともせず、ひたすら突進して、ついに太子エドワードの旗本に斬りこみ、獅子奮迅の勢いをもって、遮二無二攻めかかった。
太子エドワードは、流石曾祖父や父の勇武稀なる気性を受けつぎ、時に、歳僅かに十六歳の弱冠ながらも、すでにガーター騎士の一人にもあり、功を樹つるはこの一挙にありと思えば、敵迫ると見るや、馬を陣頭に進め、衆に抜きんでて最も勇敢にこそは戦った。されど、フランス軍中の精鋭をすぐった彼の騎士等が、命を鴻毛の軽きに置き、面もふらず嵩にかかって突きかかる勢いに、味方も少しく押し返され、その咄嗟太子は馬より落ち、あわや敵兵乱槍の下に討たれ果てんかと危ぶまれたが、おりしも、太子の傍らを離れず付き従っていた旗本の勇士リチャード・ド・ボーモントは、さてこそ一大事と、手にしていたウェールズの旗をもって、サッとばかり太子の身体をおおい、一足も退かず身をもってこれを護った。かくと見た味方の騎士らは、何でう力を振るわであるべき、いずれも槍をとりなおし、この太子を喪って何面目に王にまみえんやと、渾身の勇を奮って敵を押しへだて、突きつかえいしつ、かえしつ突きつ、血戦げに果てしなかった。
太子の参謀長ウォリック伯は、この容易ならざる戦況に対し、自己の責任のすこぶる重きを感じたので、配下の騎士サー・トマス・ノリッジを王の陣に走らし、もって王の救援を求めしめた。この命を受けたノリッジは、韋駄天走りに王の前にと飛びつけ、『陛下、ウォリック伯、スタッフォード卿、レジナルド・コバム卿、その他太子殿下の参謀官たる方々は、今や烈しくフランス軍の襲撃を受けおり候。方々は、陛下の御陣より加勢の兵を送られんことを請い申し候。もし、敵の数さらに加わるにおいては、太子殿下はすこぶる困難となり申すべし。』と言った。
エドワード三世は、かくと聞くや、これには答えずして、『我が子は、死したるか、馬を失いたるか、あるいは重傷を負いて自ら己を守るあたわざるか。』と問いかえした。
『否々、陛下、神助にて、太子殿下はただいま精一杯に敵と槍を合せたまい、切に陛下の救援を要したまう折りからにて候。』
『帰れ! サー・トマスよ。帰りて卿を送りし人々に、今日予に救いを求むることなかれと告げよ。また我が子が息ある間は、何事のありとても、予が往くことありと期待するなかれと、告げよ。さらに、予は、我が子をして自ら拍車を得せしむべく彼らに命ず、と告げよ! 何となれば、予は、神の御心に叶わば、今日の総ての名誉をして、我が子と彼を託したる人々のものたらしめんと決心しなればなり。』
王は、厳然としてかく叫んだのである。嗚呼、何ぞ勇壮の銘言ぞや。獅子は、その兒を千仭の谷に落してこれを試むとは、げにかかることを言うにやあらん。使いに立ったノリッジは、いまさらの如く王の偉大を感じ、額に流れる汗を拭いもあえず、ただちに走りかえって、これをウォリック伯の前に致した。かくと聞くや、太子軍の人々は、いよいよ王の寄託と自己の名誉の重大なるを思い、相顧みて奮躍一番、などでこのありがたき王命を空しゅうせんやと、各々死力を尽くして力戦した。これいわゆる、『これを死地に陥れてしかるのちに生しむる』ものであった。
しかして、エドワード三世は、一方に彼らを激励するとともに、ダラム司教の請うに任せ、選りに選った三十人の騎士をして、急驅太子の救援に赴かしめ、また他の一方において、かのアランデル、ノーザンプトン両伯の軍に前進を命じて、太子の陣と同じ線に進ましめ、もって敵を牽制した。
ただ見る、ここクレシーの山野は、龍のうなり虎の叫び、必死の奮闘凄まじき両軍将卒の乱影に被われて、流るる血の河、積むや屍の堤、突き進む剣戟の潮、退く楯の波、イギリス軍の勝つか、フランス軍地歩を占めるか、勝敗の決今まさに一呼吸のうちにありとこそは見えた。
第十四章 了