騎士道の華
第二十二章 仏軍驕りて調停をしりぞく

さる程に、ジャン二世王の率いたフランス軍は、敵の動静を偵察してその間近きところにあるを知るより、ただちに進んで、言うに足らぬ劣勢の敵、一撃の下に誅滅すべきのみ、意気込んだ。時に、フランス軍は、総勢二万に近く、黒太子の率いたイギリス軍に対して、約三倍であった。しかし、イギリス軍は、すでにやや半常備兵的で、戦場の場数も踏み、規律あり、共同運動の訓練もあって、よく指揮者の命に従ったが、フランス軍は、これと違い、封建的臣下の集合だったので、個人としては、武芸に秀でた勇敢な騎士は多々あったものの、騎士の群だけそれだけ服従心乏しく、規律厳正ならず、統一不十分にして、各々功名を争い、単独行動をよろこんだ。されば、その数によってのみ、一概にその実力の比較を断ずることはもとよりできなかったが、しかも、この目にあまるフランス軍の優勢は、敵にも味方にもすぐに感じとられるところだったので、フランス軍の方ではいずれも勝利の必然を疑う者なく、相共に一刻も早く戦わんと焦り立った。

ジャン王、白馬に跨り、兵士の前に進み寄って、

「汝パリ、シャルトル、ルーアン、オルレアンの人々よ、卿等は、もしイギリス人を見出さば、いかに彼らを扱うべきやと意気込みつつあった。しかして、速やかに彼らに出会わんことを希望しつつあった。今や卿等の希望は満たされた。予は卿等を率いて、彼らを攻撃せんとす。我々は、卿等が、彼らが卿等に加えた損害を、いかに復讐せんかを見ん。安心せよ、我々は戦い無くして立ちわかるることなかるべし。」

と説いた。時しも、偵察隊長サー・ユーステース・リボーモンは、駒を飛ばして王に近づき、一礼して、

「陛下、我が偵察隊は、敵の勢力を、重騎兵二千、弓兵四千、軽歩兵一千五百と認め候。ただし、彼らは好個の地点を占め、巧妙に陣を敷き候。彼らの弓兵は、彼らを襲うために登らざるべからざる道の両側の生垣、藪により候。しかして、この進路は、僅かに四人並びて行くさえ容易ならず候。更にこの道の頂上には、馬に乗ったままでは到底近づきがたき葡萄畑、及び藪を前にして弓兵控え、その後に騎兵あり、すべて徒歩にて候。彼らに近づく前に、我々は先ず弓兵を破らざるべからず、これまことに困難なることにて候。」

と、報告した。王は、これを聞いて、

「よし、しからば、卿はいかにして彼らを襲うべく勧めんとするや。」

と問うた。リボーモンは、

「さん候。弓兵を蹴散らすため、三百の騎兵を残し、その他は徒歩にて進むの他に道なからんと存じ候。」

と答申した。

おりから、その側にあったスコットランド人の客将、サー・ウィリアム・ダグラスは、イギリスとの国境で、しばしばイギリス人と戦い、その戦いぶりに慣れていたが、彼は、このリボーモンの説に賛成し、かつ、さらに立ち入って、かくの如き困難な所に、敵を強襲するよりは、彼らは必ず兵糧が少なかろうから、みだりに戦いを急がず、むしろしばらく睨み合いてあるにしかざらん、そうしたならば、彼らは自ら窮して、退却をせざるべからず、その時適当の地点で彼らを撃てば、これを全滅せんこと容易である、と言った。しかしながら、フランスの騎士は、これを手緩しとして、賛せず、よし彼らにして如何なる要地によるとも、我らにしてもし一度突撃せば、いかでかよく敵すべき、と唱えて、しきりに逸りたてたので、ジャン王もついにこれに従った。

フランス軍が、かく戦略の評定をなしつつあったその時、汗馬に鞭をあげて慌しくここに駆けつけた一人の高僧があった。これはおりからポワティエにあった者で、すなわち教皇の大使たる枢機卿ド・タレラン・ペリゴールだったのである。彼は、ジャン王の前に出でて、自分は両軍の中間に立って斡旋するから、ここに悪戦をなすことなくして、双方互譲の条件により、無事に局を結ばんことをと、請うたのであった。

ジャン王は、かかる由緒ある高僧の意見を聴いて、無下にも拒み難く、すなわち、これを許した。枢機卿は大いに喜び、さらにイギリス軍の方へ行って、調停の事を申しこんだ。太子も、難局に立っている事とて、「師父よ、予と予との軍の名誉にして損なうことなくんば、予は道理ある条件に服すべし。」と答えた。

つづく。

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