『歴史とは何か』E.H.カー
第1章 歴史家と事実
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- 1.歴史とは何か
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「歴史とは何か」という問題を考える意義はどこにあるのか?
『ケンブリッジ近代史』を編纂した時代が異なる二人の歴史家の意見を聞いてみよう。
第一次刊行一八九六年にアクトンは歴史を編纂することは、すべての知識を集めることで、いずれ完全な歴史を持つことができると書いている。これはヴィクトリア時代後期の積極的な信念と冷静な自信とに基づいている。
第二次刊行一九五〇年代にサー・ジョージ・クラークはアクトンの意見を否定して、歴史的判断には人間の見地が入るので、客観的な歴史的真理は存在せず、時代によって歴史は変化するとしている。
- 2.事実尊重の時代
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十九世紀の歴史家の仕事は「ただ本当の事実を示す」だけだった。
事実とは「推論とは全く違う経験の所与」であり、これを常識的歴史観という。
歴史は、確かめられた事実の集成から成る。
しかし、カーはこれをまったく否定する。
- 3.歴史的事実とは何か
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歴史的事実とはすべての歴史家にとって共通な基礎的事実。
しかし基礎的事実は歴史家が用いる材料であって歴史そのものではない。
「事実はみずから語る」という言葉は嘘である。
事実というのは歴史家が事実に呼びかけた時にだけ語るもの。
歴史家は必然的に選択的なものである。
- 4.歴史的事実が生まれる過程
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ある過去に関する事実が歴史的事実になるには、その事実を引き合いに出して確証しようとした主張なり解釈を他の歴史家たちが正当且つ有意義なものと認めるか否かにかかっている。
古代ギリシア史、中世史がなぜ不完全な歴史なのか。それはある特定の見解しか記録として残っていないからである。
「われわれが読んでいる歴史は、確かに事実に基づいてはいるけれども、厳密に言うと、決して事実ではなく、むしろ、広く認められている幾つかの判断である。」
- 5.無智の必要性について
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歴史家の仕事は、少しの重要な事実を発見して、沢山の重要でない事実を非歴史的な事実として捨てることである。確かな事実を集め続けることは間違いである。
十九世紀の歴史家の間違いは、「歴史とは何か」を考えなかったことにある。
- 6.文書が語るもの
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十九世紀の事実崇拝は、文書崇拝である。
『シュトレーゼマンの遺産』を例に、文書を判断するときの危険性を解く。
文書を鵜呑みにするのではなく、本当に起こったことは歴史家の心の中で再構成されなければならない。
- 7.十九世紀の歴史観
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十九世紀の歴史家はなぜ歴史哲学に無関心なのか。
それは「歴史の意味は言わずして明らかである、自明のことである」と信じられており、歴史上の事実それ自体が進歩という至高の事実を立証すると見られていたからである。。
- 8.歴史家が歴史を作る
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クローチェ「すべての歴史は『現代史』である。」
カール・ベッカー「歴史上の事実というものは、歴史家がこれを創造するまでは、どの歴史家にとっても存在するものではない。」
コリングウッドの登場。
「歴史というのは、歴史家がその歴史を研究しているところの思想が歴史家の心のうちに再現したものである。」
オークショット「歴史とは歴史家の経験である。これは歴史家だけが『作った』もので、歴史を書くのは、歴史を作る唯一の方法である。」
- 9.先ず歴史家を研究せよ
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コリングウッドの第一の主張。
「歴史の事実は純粋な形式で存在するものではないので、歴史の書物を読む場合は、書物の含む事実よりもこの書物を書いた歴史家に関心を持つべきである。」
歴史とは解釈である。
- 10.想像的理解の必要
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コリングウッドの第二の主張。
「歴史家は、自分が研究している人々の心を、この人々の行為の背後にある思想を想像的に理解する必要がある。」
歴史家が、自分の書いている人々の心と何らかの触れ合いが出来なかったら、歴史は書くことが出来ないものである。
- 11.現在の眼を通して見る
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コリングウッドの第三の主張。
「現在の眼を通してでなければ、私たちは過去を眺めることも出来ず、過去の理解に成功することも出来ない。」
トレヴァ・ローパー「歴史家たるもの、すべからく過去を愛さねばならぬ」への反論。「歴史家の機能は、過去を愛することでもなく、自分を過去から解放することでもなく、現在を理解する鍵として過去を征服し理解することである。」
- 12.懐疑主義とプラグマティズム
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コリングウッド史観の危険性。
歴史は単なる事実の編纂であるという歴史観に反対するあまり、「客観的」な歴史的真理は存在しないという結論に逆戻りしていった。
過去の問題を研究するのは現代の問題の鍵とするのだということになると、知識はある目的のための知識となり、知識の妥当性は目的の妥当性に依存することとなる。
- 13.歴史家の仕事ぶり
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事実に対する歴史家の義務は、自分が研究しているテーマや企てている解釈に何らかの意味で関係のある一切の事実を描き出す努力をすることである。
歴史家の仕事は読むことと書くことが同時に進行するものである。
- 14.歴史的事実と歴史家
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歴史家と歴史上の事実の関係は、歴史の重心は過去にあるという見方と、歴史の重心は現在にあるという見方の間を危うく航行する不安定な状態にある。
人間と環境との関係は、歴史家とそのテーマの関係でもある。
歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話である。
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