いま、考えると、何も知らず、誰も知らず、なにが起こるかもわからない王国へ攻撃し進攻しようとするサー・ジャンの冒険は大胆不敵といっていいでしょう。しかし、そのようなサー・ジャンの勇気と神への確信が、かれに航海が成功に終わり、称賛にかわると考えさせたのでした。若さが花咲くそのとき、すべてはサー・ジャンの前にありました。そして、かれは熱心に、大胆に責務を果たしたのでした。
いま、わたしはサー・ジャンの要求にこたえて、かれの航海に同行したエノーの騎士すべての名をしるそうとおもいます。まず、Henri d'Antoing、ロベール・ド・ベイリャル、つづいて、Fontainneeの領主、Fastres de Rue、Michel de Ligne、Sanses de Boussac、Perceval de Semeris、Sanses de Biauriu、Warguy、Potellee、モンタギュ、Gommegnies、アンブレシコートの領主、そのほかサー・ジャンとともに名声を得ようとするいろいろなジェントルマンがいました。ブラバントとボヘミアからも数名いました。
かれらはよい風にのりました。ある港に上陸するつもりだったのですが、嵐によって妨げられ、進路を外れ、二日間、どこにいるのかまったくわかりませんでした。そして、神の慈悲により助けられました。なぜなら、もしかれらが選んでいた港やその近くにに上陸していたら、すべてを失い、敵の手に落ちたでしょう。敵はかれらの接近を知っていて、そこで王妃も王太子もふくめてすべてを死に突き落とすために待っていたからです。しかし、神はそれを許しませんでした。神はそれを聞いて、奇跡によって進路を変えたのです。
そうして、二日目の終わりに、嵐はやみ、航海士はイングランドの地を確認するという事態がおきました。かれらは大いに喜び、港も都市もないひらけた海岸の砂浜へと上陸しました。そして、かれらは砂浜で三日間少ない供えですごし、その間、馬や荷物を下ろしました。そして、かれらはイングランドのどの地域にいるのかも、友軍の勢力圏なのか、敵の勢力圏なのかもわかりませんでした。四日目に、神を信じて出発しました。飢えや夜の寒さ、絶えざる不安が襲い掛かりました。しかし、馬に乗って丘越えを谷越えていくと、ある村に入り、ドミニコ会の聖エドマンド修道院に入りました。そこでかれらは滞在して、三日間やすみました。そして特に馬の世話に注意をはらいました。なぜならすぐに必要になるだろうと考えたからです。
第1巻 第9章 了