第1巻 第12章
エドワード2世がサー・ヒュー・ディスペンサー(子)と脱出を試みて捕まること

p18
この処刑が行われた後、みなさんもご存知のように、城の中で恐ろしい状況を見て、四方から助かる見込みのない王とサー・ヒューは数名と小さな船に乗り込んで、城から海へと出て、ウェールズに逃げようとしました。しかし、王らの脱出は神の意思ではなく、なぜなら王らは罪が多すぎたからです。そして、王らは恐ろしい冒険を被りました。なぜなら船は十一日間、あらゆる努力にもかかわらず風に対して船足をつくることができず、これも神の意思でした。そして、毎日、出発した城から1マイルのところに戻されてしまうのでした。

ついに、イングランド人バロン筆頭の一人の息子のサー・ヘンリー・ボーモントが数名と船に乗り込み、王の船乗りが逃げられず、追いつくように精一杯に漕いだのでした。そして、王とサー・ヒューはブリストルに連れ戻され、王妃の手の内に捕虜として置かれました。

こうして、王妃はサー・ジャン・ド・エノーと部下の助けと支援によりイングランド王国全土を取り戻しました。そして、大いなる名誉がこの冒険によってサー・ジャンと部下たちによって勝ち取られました。なぜならかれらはドルトレヒトで船に乗り込むときわずか三百人の武装兵だったのですから。しかし、王妃への愛のためにかれらは強く勇敢に振る舞い、船に乗り込み、海を渡り、わずかの手勢でありながら、王とその部下をのぞいてイングランドを力で征服したのです。

 こうして、この豪胆で高貴な企ては終わりました。そしてイザベラ王妃は王国全土を再征服し、敵を粉砕したのでした。そして、王は運命の回転により、囚われたのです、すでにご存知のように。サー・ヒューを支持するわずかの土地を除いて、王国は再統合されたのでした。

王とサー・ヒューはサー・ヘンリー・ボーモントの言によりブリストルに連れてこられ、王は全バロンと騎士の助言により、セバーンの堅固なバークレーの城に送られ、バークレー城の城主に預けられ、厳重に警備がされました。バークレー城主は王を丁重に扱い、身の回りの世話をするものを十分にするようにし、絶対に逃がさないように命令されました。これらがかれの命令でした。そして、サー・ヒューは軍のマーシャルであるサー・トーマス・ウェイクに預けられました。

全軍とともに王妃はイングランドの王都であるロンドンに出発しました。サー・トーマス・ウェイクはサー・ヒューをみつけてきたたいへん癖の悪くて貧相な馬に縛り付けました。そして、服の上に陣羽織を着せて、コートに刺繍をさせ、王妃の行進のなかで民衆の笑いの種になるように路上を護送しました。そして、通り過ぎるすべての都市で、サー・トーマス・ウェイクはトランペットとシンバルを鳴らし、大きなサルによって知らせ、よき町ヘレフォードニに着くまでやりました。そこで王妃と仲間たち全員はたいへん敬われ喜んで迎えられました。そして、王妃はそこで諸聖人の祝日の大きな儀式と祭典で、王子と尊敬すべき異国の貴族たちに愛情の意を表したのでした。

第1巻 第12章 了



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"Froissart's Chronicles"
Edit and Translated by Jhon Jolliffe
HARVILL PRESS, LONDON
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