第1巻 第241章
ナヘラの戦い

p199
太陽は上り素晴らしい光景だった。旗は風に揺れ、騎士の鎧は日光に輝き、すべての色鮮やかな旗やのぼり、そしてその下にいる高貴な軍は見るものを真に楽しませた。軍は前に動き始めたが、その前にプリンス・オブ・ウェールズは天国を見上げ、祈りに手を合わせた。

イエス・キリストの真の父よ、わたしをつくりしものよ、願わくば慈悲深き恩寵により勝利が今日わたしと仲間たちにもたらされますように。追い出された位を王に取り戻すという正義と名分の支えがあること、わたしがこの戦いを約束するだけ頑強なことはご存知のはずです。

この祈りのあと、王太子は右手をドン・ペドロに差し出し言った。

「サー、陛下はかつておもちだったカスティリャ王国を今日取り戻すでしょう。」

そして叫んだ。

「進め、軍旗よ、聖ジョージの名のもとに。」

両軍は前進し、ランカスター公とサー・ジョン・チャンドスの軍団はベルトラン・ドゥ・ゲクランとアンドレ将軍の軍団と交戦し、少なくとも四千の武装兵がその下にいた。最初の猛攻撃で、楯にスピアの恐るべき衝突があり、お互いなんらかの効果がでるまで何度も行われた。武勲が遂げられ、何人もの騎士が落馬して二度と上ることはなかった。他の部隊も乱闘に遅れず加わり、プリンス・オブ・ウェールズはドン・ペドロ、ナヴァール王の代理人ドン・マルタン・ドゥ・ラ・カラを連れてドン・テロとドン・サンチョの軍団を攻撃した。だが、王太子がこの軍団を攻撃すると、ドン・テロは突如うろたえて、混乱して逃げ出し、一撃も加えることなく、二千の騎士を連れていった。この逃亡は全く説明することができないが、ドン・テロの軍団は攻撃されると逃げ出し、ブッシュの隊長、クリッソン卿、その部下はドン・テロの歩兵を襲い、殺し、大量に傷つけた。

王太子とドン・ペドロの軍団はエンリケ王の位置を攻撃し、そこは歩兵と騎兵を合わせて五万以上で守られていた。戦いは両軍激しく行われた。スペイン人とカスティリャ人は兜のまんなかに石を投げつけるスリングを使い、敵の多くをなぎ倒した。イングランド弓兵は圧倒的な効果で仕返した。「エンリケ王にカスティリャを!」の叫びに対して、「ギュイエンヌに聖ジョージを!」で返された。ベルトラン・デュ・ゲクランのもとでフランス兵とアラゴン兵はイングランドの攻撃に対抗した。

サー・ジョン・チャンドスは軍旗のもとで比類なき勇武を示し、争いの中を少しずつ前に進み、敵に周りを囲まれ下馬した。カスティリャのマルタン・フェランという名の屈強なことで有名な大男がサー・ジョンを攻撃し、殺そうと向ってきた。だが、サー・ジョンは鎖鎧の下にナイフを忍ばせていたことを忘れず、すかさず投げつけ、攻撃者を刺し殺した。サー・ジョンは飛びあがって部下を周りに集めた。

この血なまぐさく恐るべき戦いはナジャラとナヘラの間で行われた。そこでエンリケ王は部下のように戦い、自ら模範を示した。だが、ある傭兵隊が走って戻ってくると、エンリケ王は言った。

「諸君、わたしはきみたちの王だ。きみたちがわたしにカスティリャ王位をくれたのだ。もしわたしを拒むなら殺すがいい。神の名のもとに、きみがわたしへの誓いを守るなら、わたしがきみたちにするようにきみたちもしなさい。わたしはここから一歩も退くつもりはないのだ。」

こうした言葉や似たような言葉で、エンリケ王は三度部下を集め、戦場で王自らの指揮で部下の名誉に大いに加わった。

多くが殺され、傷つき、この大きな戦いを逃げ出した。イングランド兵は最初はスペイン兵から被害を受けたが、すぐに弓兵の怒涛の射撃でなぎ倒した。エンリケ王の部下はよく戦ったが、イングランド兵とガスコーニュ兵はより練達の兵だった。まさに、王太子は騎士道の華であり、世界中の誉れ高いものたちの華だった。兵たちは全力で戦かった。スペインとカスティリャから千人の武装兵が近づいていたからだ。それはたいへん勇気づけてくれた。大軍の中には強そうな戦士もいた。ドン・ペドロは義弟をみつけようと心配で我を忘れた。そして馬を疾駆して叫んだ。 「淫売の息子はどこだ?自分をカスティリャ王などと呼んだのだれだ?」 スペイン側では、ベルトラン・デュ・ゲクラン率いる部隊が奮闘していた。イングランドでは、サー・ジョン・チャンドスが前線で目覚ましく、高い賞賛をうけたポワティエでの王太子を同行したようにランカスター公を同行していた。一日中、サー・ジョン・チャンドスは自分のために捕虜を獲ろうとは決してせず、全神経を戦いに集中していた。だが、部下たちは数えきれない捕虜を獲り、フランスとアラゴン出身のものたちはみな、捕まるか殺された。そして、エンリケ王の集合の叫びに忠実に答えようとして、千五百人以上が命を失った。

ベルトラン・デュ・ゲクランの軍団の敗北後、三つのイングランド軍団は合流し、スペイン兵はなす術も無かった。スペイン兵は列を乱し、無秩序にナジャラや都市に行こうと川へ逃げた。エンリケ王は自分の鼓舞する言葉も無駄で、兵たちが敗北するのを見ると、包囲されているであろう都市の方ではなく、別の道を進んだ。ここで知恵を示した。なぜならエンリケ王は捕まれば無惨に殺されただろうから。イングランド兵とガスコーニュ兵は逃げるスペイン兵を冷酷に殺し、多くは流れの早く深い川で溺れ、逃げることよりもむしろ溺死することを選んだ。サンティアゴ大修道院長とカラトラヴァ騎士団の団長が、この二人はすぐれた武装の修道士で、ナジャラでの進軍を拒んだ。だが、イングランド兵とガスコーニュ兵は町で略奪し、富を集めた。スペイン兵はそこに大軍で来て、財産を守るための戦いのあとでは楽観的なことはなにもなかった。スペイン兵の敗北は完全でひどく特に川の土手でひどかった。わたしが聞いたところでは、土手は人馬の血で塗り固めれたという。この戦いは一三六七年四月三日土曜日に行われた。スペイン側は五百六十の武装兵が殺され、七千五百の一般兵が殺され、溺死したものは数知れず。だが、イングランド側は五十人が殺されたに過ぎず、騎士は四人だった。

第1巻 第241章 了



参考文献
履歴


第1巻
第2巻
第3巻
第4巻

他を読む


"Froissart's Chronicles"
Edit and Translated by Jhon Jolliffe
HARVILL PRESS, LONDON
に準拠しています。