第4巻 第45−51章
要約

p341
フランス王シャルル6世はコンピエーニュ近くでオワズ川沿いのクレユ城に移されましたが、はじめはほとんどよくなりませんでした。三部会はベリー侯とブルゴーニュ侯に摂政を務めてくれるよう要請し、厳しい処分がそのころの王の助言者たちに降りかかりました。オリヴィエ・ド・クリッソンとモンタギュは逃げ出し、ル・ムルシェとド・ラ・リヴィエールは逮捕され、若いベリー侯妃の介入でようやく処刑を免れました。サー・オリヴェエは不在中に役職を罷免され、フランスから追放されました。

医師ギョーム・ドゥ・ハスリの手当てにより、フランス王は徐々に健康と判断能力を回復しました。



参考文献

履歴


第1巻
第2巻
第3巻
第4巻

他を読む


"Froissart's Chronicles"
Edit and Translated by Jhon Jolliffe
HARVILL PRESS, LONDON
に準拠しています。