エドワード3世のこどもたち

               エドワード3世===フィリッパ
               (1312-1377)     |   (?-1369)
               イングランド王 | イングランド王妃
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エドワード         ライオネル    ジョン         エドマンド   マリー  トマス
(1330-1376)          (1338-1368)   (1340-1399)     (1341-1402)   (1344-?) (1355-1397)
プリンス・オブ・ウェールズ  クラレンス侯 ランカスター侯  ヨーク侯            グロスタ侯
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リチャード2世                            ヘンリー
(1367-1400)                (1367-1413)
イングランド王                            ダービー伯
エドワード
通称「ブラック・プリンス」。この場合は「おそるべきプリンス」という意味。「プリンス」はエドワード1世が征服したウェールズの首長の称号。1346年のクレシーの戦いで前線指揮を任されて以来、常に陣頭にあたった。ボルドーを中心としてギュイエンヌを治めたが、カスティリャ王ペドロの求めによりスペイン遠征を行ったことが災いし、かの地で風土病を患って以来精彩を欠く。1370年代エドワード3世が政治に飽きたため議会の中心となるが病には克てず没。

ライオネル
 調査中。

ジョン
 エドワード3世、黒太子が亡くなると事実上のイングランドの支配者となる。ただし、一貫して王家には忠実。けど周りはそういうふうには見てくれず、イングランドにジョン王はいらないなんていう流行語を生んでしまう。かなしい。ギュイエンヌをランカスター侯家の世襲領地にしてもらってイングランドから分離しようとしたり、カスティリャの王位継承者を名乗って戦争を仕掛けるもことごとく失敗。案外戦争苦手だったのかも。けど、山羊髭の肖像は渋くていかにも黒幕っぽい。息子ヘンリーが国外追放されたのを聞いてショックの余り没。

エドマンド
 調査中。

マリー
 ブルターニュ侯妃。

トマス
 グロスタ侯は、このあとのヘンリー5世の弟のときも逸脱する王家の問題侯。1370年代以降の停戦状態のあおりを受けて、所領を増やす機会を奪われたため、主戦派の急先鋒となる。また自分の給料が少ないのは王家官僚が横領しているからだとして政治改革を求めるなどつねに混乱の中心にいる。結局それをリチャード2世にうるさがられて突如逮捕、カレーで獄死。南無。



参考文献

履歴


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