ジャン・フロワサールの年代記



スロイス141k スロイスの海戦

一般に百年戦争の開始は、1339年のイングランド王エドワード3世(1327-77)によるフランス王位継承要求とされていますが、当時のフランス王フィリップ6世(1328-50)に対しては、すでに1329年、臣従の令をとっていますから、王位継承は名目にすぎません。

では、原因はなにかと問えば、経済に求められるでしょう。エドワード2世の混乱の時期、フランス南西部のイングランド領ギュイエンヌはほとんどがフランスに占領されました。この地域はボルドー産でも有名なように葡萄酒の一大生産地で、加えてこの輸出先がイングランドですから、イングランドとしては、なんとしても取り返さなくてはなりません。これはエドワード黒太子によって行われます。

さて、問題のスロイス海戦ですが、ギュイエンヌの葡萄酒とともに重要なのが、フランドルの毛織物工業でした。当時イングランドの輸出物は羊毛でその相手はフランドルでしたから、もしここもフランスの影響下に置かれれば、イングランドは完全にフランス王家の経済下に置かれることになります。

したがって、ベルギーのブルージュ沖で起きたスロイスの海戦は必然といえます。この戦いにおいてフランス海軍は殲滅され、前期百年戦争は、制海権を得たエドワード3世優位に進められることとなります。

「スロイス」という地名は、ベルギーのブリュージュ北方海岸のことです。(*1 p153)
ブリュージュの北に「スロイス」という都市もあります。

*1この文章は、『西洋中世世界の崩壊』(堀米庸三著 岩波全書)を参考にしています。



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『年代記』はフランス国立図書館より転載しています。