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シャルル6世の発狂
1392年8月5日、ピエール・ド・クランに対する遠征でル・マンの森を通っている最中、シャルル6世は剣を振り回して、従者たちに斬りかかりました。
二ヶ月あまりで2000の兵を準備した王は、8月、マンスを発ってル・マンの森に入りました。連日の強行軍に疲れた王は近習の穂先が隣の兜にぶつかった音を合図に王弟オルレアン侯ルイに裏切り者と叫んで斬りかかり、近くの従者4人を惨殺し、ようやく取り押さえられ、馬に括り付けられて、ル・マンに戻されました。
こうして、亡命寸前のブルターニュ侯ジャン4世は一命を取り留め、また1389年の親政宣言以来、国政から遠ざけれていた王の叔父たちの復権がおこなれてたのでした。これ以降、フランスの政治は王弟オルレアン侯ルイとブルゴーニュ侯の争いとなります。
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