![]() |
聖母子(ムーランの祭壇画) 1453-54。ジャン・フーケ(1425?-1480)画。アントワープ美術館蔵 シャルル7世の公認の寵妾。フランス初。 王室財務官エチエンヌ・シュヴァリエにより王に紹介され、1444年以降、国政に口をはさみ、王太子ルイとの不仲が伝えられている。シャルル7世との間に四女をもうけた。聖母のモデルがアニェス。 当時の上流階級の女性は、ゆったりとしたガウン状のドレスを身にまとうのが一般的でしたが、彼女はボディラインを強調した仕立てに加え、片方の乳房を露出させるという大胆なロブ・デコルテを愛用しました。またヨーロッパではじめてカットしたダイヤモンドを身につけたといわれています。 さて、追加情報。 『中世ロワール河吟遊』によれば、アニェス・ソレルについて歴史が語るのは、王に四人の子をもたらした。可能な限りを超えて、胸もあらわなドレスを着用した。フーケ作の胸をむき出した有名な聖母像は、彼女がモデルだったとされる。王太子、未来のルイ十一世からはひどく嫌われてもいた。いや、むしろ必要以上に愛されていたのか。その証拠の一つとして、こんな話しも伝えられている。ある日、王太子が彼女の両頬に平手打ちをくらわしたというのである。最後は一四五〇年二月十一日、ルーアン近郊のメニイルの館で、腹部出血でなくなった。これで全部。 他の情報は、でっちあげがほとんどだそうです。ダイヤモンドはうそかも。 うるわしのアニェスに関する最後の情報は、王太子ルイの頼みで、会計方ジャック・クールがアニェスの暗殺を企てたとして逮捕されます。なんとか無実を晴らしたクールですが、シャルル7世の執拗な疑いによってついに王国から追放されます。なんとかこの話しの詳細を知りたいところ。 |
参考文献
履歴