ウェストファリア条約(ヴェストファーレン条約。Westfalischer Friede)

1648年10月24日に結ばれた三十年戦争の講和条約。オスナブリュック市とミュンスター市のふたつの町で結ばれた条約です。この条約のための和平会議は1644年の末ごろからはじめられ、ヨーロッパのほとんどの国が参加し、近代国際会議の元型となりました。1555年のアウグスブルクの和議に立ち戻ることで、信仰は支配者に習うことが再確認されました。これで100年前から何の進展もないことになり、各諸侯の支配は強化され、ハプスブルグ家のドイツ統一は完全に阻害されてしまいました。このため、ドイツは近代化が数百年は遅れたとも言われています。別名「神聖ローマ帝国の死亡証明書」。この条約によってネーデルラントとスイスの独立が承認されました。この会議で主要言語として使用されたフランス語が、この後300年間英語にとってかわられるまでヨーロッパの外交用言語になります。それまではラテン語が外交用語でした。ドイツにおける内乱という枠を越えた国際戦争で、その長い戦争の期間は四つに分割されて考えられます。それは第一期のボヘミア戦争、第二期のデンマーク戦争、第三期のスウェーデン戦争、第四期のフランス戦争です。

(参考文献・『角川 世界史辞典』P111、)
(04/04/07作成、)