ロマノフ家君主の統治期間の比較

ロマノフ王朝君主一覧(1613年〜1917年、304年間継続)
君主
在位
統治期間
享年
死因
ミハイル・ロマノフ
位1613年〜1645年
32年 49歳 自然死(病死)
アレクセイ・ミハイロヴィチ
位1645年〜1673年
28年 46歳 自然死
フョードル3世
位1676年〜1682年
6年 21歳 自然死(病死)
ソフィヤ(摂政)
位1682年〜1689年
7年 47歳 ?1704年死去
イヴァン5世(共同統治)
位1682年〜1696年
14年 30歳 自然死
ピョートル1世
位1682年〜1725年
43年 53歳 病死(感染症)
エカチェリーナ1世
位1725年〜1727年
2年 43歳 病死(熱病)
ピョートル2世
位1727年〜1730年
3年 15歳 病死(天然痘)
アンナ
位1730年〜1740年
10年 47歳 病死(腎機能不全)
イヴァン6世
位1740年〜1741年
1年(廃位) 24歳 刺殺
エリザヴェータ
位1741年〜1761年
20年 52歳 卒中
ピョートル3世
位1761年〜1762年
1年(廃位) 34歳 殺害
エカチェリーナ2世
位1762年〜1796年
34年 67歳 卒中
パーヴェル
位1796年〜1801年
5年 47歳 絞殺
アレクサンドル1世 位1801年〜1825年 24年 48歳 病死(熱病)
ニコライ1世 位1825年〜1855年 30年 59歳 病死(肺炎)
アレクサンドル2世 位1855年〜1881年 26年 63歳 暗殺(爆弾)
アレクサンドル3世 位1881年〜1894年 13年 49歳 病死(ブライト病)
ニコライ2世 位1894年〜1917年 23年 50歳 処刑(銃殺)
これを統治期間の長い順番にすると、

1----------ピョートル1世 位1682年〜1725年(統治期間43年)
2----------エカチェリーナ2世 位1762年〜1796年(統治期間34年)
3----------ミハイル・ロマノフ 位1613年〜1645年(統治期間32年)
4----------ニコライ1世 位1825年〜1855年(統治期間30年)
5----------アレクセイ・ミハイロヴィチ 位1645年〜1673年(統治期間28年)
6----------アレクサンドル2世 位1855年〜1881年(統治期間26年)
7----------アレクサンドル1世 位1801年〜1825年(統治期間24年)
8----------ニコライ2世 位1894年〜1917年(統治期間23年)
9----------エリザヴェータ 位1741年〜1761年(統治期間20年)
10----------イヴァン5世 位1682年〜1696年(統治期間14年)
11----------アレクサンドル3世 位1881年〜1894年(統治期間約13年8か月)
12----------アンナ 位1730年〜1740年(統治期間10年)
13----------ソフィヤ(摂政) 位1682年〜1689年(統治期間7年)
14----------フョードル3世 位1676年〜1682年(統治期間約6年3か月)
15----------パーヴェル 位1796年〜1801年(統治期間約3年4か月)
16----------ピョートル2世 位1727年〜1730年(統治期間2年半)
17----------エカチェリーナ1世 位1725年〜1727年(統治期間約2年3か月)
18----------イヴァン6世 位1740年〜1741年(統治期間約1年1か月)
19----------ピョートル3世 位1761年〜1762年(統治期間約7か月)

となります。
ただし、ソフィヤの摂政時代はイヴァン5世とピョートル1世の共同統治時代でもあり、イヴァン5世が実質統治しなかったとして統治期間を0年とすると、ソフィヤ時代14年の後に、ピョートル1世時代29年ともみれます。
また番外としてミハイル・ロマノフの父フィラレートを入れるとすると、

フィラレート(フョードル・ニキーチチ・ロマノフ)
1554年生、1633年没、実質的に支配を及ぼしたのはポーランドから帰国した1619年から没年まで。(統治期間14年)

ということなので、ミハイル・ロマノフの実質統治期間は1613年〜1619年、1633年〜1645年の18年となります。
この二つの場合を入れると、順位は次のようになります。


1----------エカチェリーナ2世 位1762年〜1796年(統治期間34年)
2----------ニコライ1世 位1825年〜1855年(統治期間30年)
3----------ピョートル1世 位1689年〜1725年(統治期間29年)
4----------アレクセイ・ミハイロヴィチ 位1645年〜1673年(統治期間28年)
5----------アレクサンドル2世 位1855年〜1881年(統治期間26年)
6----------アレクサンドル1世 位1801年〜1825年(統治期間24年)
7----------ニコライ2世 位1894年〜1917年(統治期間23年)
8----------エリザヴェータ 位1741年〜1761年(統治期間20年)
9----------ミハイル・ロマノフ 位1613年〜1619年、1633年〜1645年(実質統治期間18年)
10----------フィラレート 位1619年〜1633年(実質統治期間14年)
11----------アレクサンドル3世 位1881年〜1894年(統治期間約13年8か月)
12----------アンナ 位1730年〜1740年(統治期間10年)
13----------ソフィヤ(摂政) 位1682年〜1689年(統治期間7年)
14----------フョードル3世 位1676年〜1682年(統治期間約6年3か月)
15----------パーヴェル 位1796年〜1801年(統治期間約3年4か月)
16----------ピョートル2世 位1727年〜1730年(統治期間2年半)
17----------エカチェリーナ1世 位1725年〜1727年(統治期間約2年3か月)
18----------イヴァン6世 位1740年〜1741年(統治期間約1年1か月)
19----------ピョートル3世 位1761年〜1762年(統治期間約7か月)
20----------イヴァン5世 位1682年〜1696年(実質統治期間0年)

このように順位後半ではあまり変わりありませんが、上位三位はかなり変わることになります。

全体的な印象としては、17世紀と19世紀の皇帝の統治期間が長く、18世紀の皇帝の統治期間は短い、という感じがします。17世紀がミハイル・ロマノフとアレクセイ・ミハイロヴィチ、ピョートル1世と、親・子・孫の三人が大部分をカバーしていて、19世紀は各皇帝がそれぞれコンスタンスに長くやってるという感じでしょうか。また、統治期間が10年〜20年という期間の人物が少なく、それよりも長いか短いか、という偏った形になっているようにも見えます。

ロマノフ朝の統治は304年間続くことになりますが、その内、女性が統治した期間を合わせると、73年になります。そのほとんどはエカチェリーナ2世(34年間統治)とエリザヴェータ(20年間統治)になります。

次にだれが一番長生きしたのか、という点に注目してみると、番外の人ながら79歳のフィラレートが断トツ一位で、皇帝ではエカチェリーナ2世が67歳、一番若くてピョートル2世の15歳。

1----------フィラレート 79歳
2----------エカチェリーナ2世 67歳
3----------アレクサンドル2世 63歳
4----------ニコライ1世 59歳
5----------ピョートル1世 53歳
6----------エリザヴェータ 52歳
7----------ニコライ2世 50歳
8----------アレクサンドル3世 49歳
9----------ミハイル・ロマノフ 49歳
10----------アレクサンドル1世 48歳
11----------ソフィヤ(摂政) 47歳
12----------パーヴェル 47歳
13----------アンナ 47歳
14----------アレクセイ・ミハイロヴィチ 46歳
15----------エカチェリーナ1世 43歳
16----------ピョートル3世 34歳
17----------イヴァン5世 30歳
18----------イヴァン6世 24歳
19----------フョードル3世 21歳
20----------ピョートル2世 15歳

フィラレートは入れないとして、60歳台が2人、50歳台が4人、40歳台が8人、30歳台が2人、20歳台が2人、10歳台が1人となっています。
死因では5人が殺害されています。ボリシェヴィキによって銃殺されたニコライ2世(享年50歳)、助けられるはずが混乱の中で刺殺されたイヴァン6世(享年24歳)、謀殺されたピョートル3世(享年34歳)とパーヴェル(享年47歳)、暗殺者の爆弾で致命傷を負ったアレクサンドル2世(享年63歳)。
平均寿命はフィラレート込みで46.15歳。女性は5人で平均寿命は51.2歳。男性はフィラレート込みで15人で、平均寿命は約44.5歳。
ちなみに、ピョートル1世の死因は、泌尿器系の感染症から壊疽を引き起こしたことが原因。アレクサンドル3世のかかった病気・ブライト病は腎炎の一種。

(参考文献・デヴィッド・ウォーンズ著・栗生沢猛夫監修『ロシア皇帝歴代誌』創元社、)
(07/05/01作成、)