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プレヴナの戦いの記念碑
モスクワ市歴史博物館から出て少し南へ行くと、広場があります。ここもノーヴァヤ広場に含まれるのかもしれません。ここには八角錐のような形の記念碑があります。これは露土戦争の中の重要な戦い、プレヴナの戦いを記念したもの(プレヴナの戦死者を慰霊するもの?)のようです。ブルガリア北部にあるプレヴナ(ブルガリア名プレヴェン)の要塞は、ロシア軍の5カ月に渡る包囲をしたものの、オスマン軍が頑強に抵抗しました。しかし、ルーマニア軍の援軍が加わることによって1877年12月に陥落。この戦いを機に戦況はロシア軍優勢になります。
この広場は2本の通りに挟まれた細長い公園のような区画の北側の部分で、さらに南へと行くとソリャンスキー通りの近くにキュリロス・メトディオス兄弟の銅像があったらしいのですが、気づいたのは日本に帰ってきてからでした。残念。
この広場には地下鉄のキタイゴロド駅の入口があります。キタイゴロド駅には6号線と7号線の駅がありますが、6号線に乗って、南にあるトレチャコフスカヤ駅へと向います。
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トレチャコフスカヤ駅周辺の建物
トレチャコフスカヤ駅は前日に行ったトレチャコフ美術館のある場所ですが、今日の目的はこの近くにあるお店に演奏を聞きにきたのです。ここで高田さんと合流し、3人で向かうことに。しかし、演奏開始は20時からで、まだ1時間以上時間が余っていたので近くを散策しました。つまり、この青い空は19時前後の夜の空ということです。
まず、トレチャコフスカヤ駅に到着したあと、高田さんと合流してから「ドーム・ミョーダ(蜂蜜の家、の意)」というハチミツ専門店で蜂蜜を買いました。このお店はもう一度行くので、そのときに紹介します。
その後、グルジア料理を出すカフェ「ズヴョーズヌイ(星の、の意)」で軽く食べ、それから音楽ホール「ドーム」へ。
ここにある写真は、トレチャコフスカヤ駅周辺にある建物です。
ところで、我々が食事をしたグルジア料理屋「ズヴョーズヌイ」は、流行っていたものの、その後潰れてしまったそうです。ロシアではあるお店が流行っていても、マフィア絡みとかで潰れる、もしくは潰される、というのはよくあるそうです。儲かってると、それを嗅ぎつけたマフィアが群がってくるというワケです。
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味のある車
道を歩いていると古い感じの車があったので撮ってみました。ロシアは現在ドイツからの高級車の輸入量がヨーロッパで一番多いらしいのですが、それは裕福になった人たちが乗るものです。確かに街中には高級車がそこらじゅうで走ってますが、こういった古い車もたくさんあります。現在よくあるような滑らかなラインの車にはない味のあるデザインです。
下の写真は普通の車に荷台みたいなのがついてました。こういったものはロシアでよくあるみたいで、何度も見かけました。
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先駆者ヨハネ(授洗イオアン)斬首教会
トレチャコフスカヤ駅の前を通る道は、赤の広場の方からモスクワ川を越えて南へと続くボリシャヤ・オルティンカ通りといいますが、その通りと平行して東側に走る通りをピャートニツカヤ通りといいます。そのピャートニツカヤ通りを北の方に少し行くと、三つの教会が集まっている場所が道路の西側にあります。
この写真の建物はピャートニツカヤ通りに面した場所に建っている教会です。
淡い緑色と白でかわいらしいパステル調の外見をしていますが、この教会の名前は「斬首教会」という血なまぐさいものです。「先駆者ヨハネ」とはイエスと同時代の人物で、ヨルダン川流域で洗礼運動を行い、イエスも彼から洗礼を受けました。そのため「洗礼者ヨハネ」として知られています。正教会では「授洗イオアン」。ヘロデ・アンティパスの結婚について告発したため、投獄され最後は首を斬られて処刑されました。そのため、洗礼者ヨハネには「洗礼者」や「苦行者」のイメージの他に、斬首されたというイメージもあるのです。
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先駆者ヨハネ教会の鐘楼(?)
先駆者ヨハネ斬首教会のある所からボリシャヤ・オルティンカ通りの方へと抜けれるわき道があるのですが、その道に沿って隣にある教会(鐘楼?)がこれです。隣の斬首教会とは別物になっています。こちらは白い外観をしています。遠くから撮影した写真を撮り忘れてしまいました。
ちなみに先ほどの車の写真は、このわき道で撮影しました。
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チェルニゴフのミハイルとフョードル教会
斬首教会からのわき道をさらに奥に行くと、このチェルニゴフのミハイルトフョードル教会があります。この写真は斬首教会のすぐ下あたりから撮影したものです。
白い外壁に五つの円屋根。屋根の色は深い緑色をしていました。
この教会の名前の由来になった「チェルニゴフのミハイルとフョードル」というのは、1246年にモンゴルのバトゥの所へ行ったものの、異教の礼拝を拒否して殺されたチェルニゴフ公ミハイルと、貴族のフョードルだそうです。列聖されていて、ロシアではかなり人気のある人たちだそうです。
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なんとかのイコン教会
教会の名前を読もうと思いましたがさっぱり分からない単語ばかりでお手上げ。ボリシャヤ・オルティンカ通り沿いにある教会で、先ほどのわき道から出て、南の方へと移動する途中にあります。
この道を更に南下すると「プィジャフの奇跡成就者・聖ニコラエ教会」という教会とかがありますが、もしかしたらこの写真はその教会の方かもしれません。もうここらへん、記憶が曖昧です。
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教会の一部かもしれない建物
上のなんとかのイコン教会の敷地内か、その隣にあったように憶えている建物。上のプレートも、もしかしたらこの建物についていたプレートかもしれません。ちょっと思い出せません。
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音楽ホール「ドーム」
中は奥に小さなステージがあり、ホール部分は50人分くらいの椅子を用意してもまだ半分くらいはスペースが空いてる程度の広さがあり、後ろにはカウンターがついてました。お酒とかも出すお店のようです。
8時から開始された演奏は、古い時代のスラヴ民族音楽をやるグループと、ホーミーをやるグループです。はじめはスラヴ民族音楽の五人組で、変な縦笛で始まり、不思議な弦楽器などを駆使します。ハンドルを回して弦を引く弦楽器はこの時はじめて見ましたが、これは英語で「ハーディ・ガーディ」、フランス語で「ヴィエル・ア・ルウ」という楽器です。のちに日本で中世ヨーロッパ音楽を演奏している「ジョングルール」というグループの演奏会で再び見ることが出来ました。
そして、次に演奏したのがホーミーをやるグループで、大きなバイオリンみたいな楽器を持った人が2人と、女性1人、ホーミーをやってる民族がいる地方の歌い手が1人、そしてロシア人の歌い手が1人、の5人組。
どちらも聞くだけの価値のある演奏で、とても楽しかったです。
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