羌」という文字が発見されました。この象形文字は白川静博士によれば、商の武丁王が捕らえた羌族(異民族)を宦官にすることについて、神に伺いを立てたものがあり、
が陽根であり、その右の部分が切断を意味するそうです。(両方とも「宦官」三田村泰助著 中公新書より引用)では、なぜ宦官というものが生まれたのでしょうか。
商王朝の王は、周辺の異民族を捕らえて奴隷として使役していました。廟宮や生け贄として使う分には単なる奴隷でも問題はないのですが、これが後宮という后妃や宮女などの女性がたくさんいる特殊な場所になってくると話が変わってきます。この皇帝以外には男子禁制である場所であり、様々な雑役などを行うのに性行為の能力を取り除かれた男性奴隷、つまりは宦官が使われるようになっていったのです。
