宦官でも結婚する?



 性器を切除してしまった宦官に夫婦が居たというのは、少々奇妙に感じられるかもしれませんが、実際にはかなりの数がいました。一般の宦官が社会から軽蔑され内廷においても奴隷と同じ扱いを受けるという孤独感を考えれば、心の安らぎを求めて妻を持ったとしても不思議ではありません。
 その歴史は古く、漢代には「対食(タイショク)と呼ばれ広く知られていました。唐代ではあまり聞かれませんが明代になると「菜戸(サイコ)と呼ばれ、初めの頃は秘密裏に行われていましたが、後になると公然と行われるようになり、ついには、いつまでも相手を見つけることの出来ない宦官は「すたれ者」として軽蔑される程にまでなっていきました。

 結婚相手はほとんどが女官なのですが、この夫婦は格別の愛情を持っていたようです。ある菜戸が二人の宦官から結婚を申し込まれ、一人の宦官と結ばれたとき、ふられたもう一人の宦官は憤ったあげく官を捨てて僧になってふたたび姿を現さなかったり、宦官と菜戸のどちらかが先に亡くなると終身再婚しなかった者も居たそうです。

 また、高位の宦官の中には失った性器の復活を願う者もおり、明代の魏忠賢は人の脳髄が失われた性器再生に良く効くという術士の言葉に惑わされて、罪人七人を殺してその脳髄を食べたと言われています。他にも同じ明代の酷吏の高采も同様の方法を試していた所をみると、当時、高位の宦官の間でこの方法が流行っていたのかもしれません。