2.劉蜀の宦官制度について

 劉蜀は、漢王朝の正統を自称していたため、制度もほぼ東漢のものを踏襲しました。そのため、宦官制度についてもほぼ東漢と同じもので、中常侍中書令など宦官にとって重要な役職はそのままでした。
 劉蜀も初期の頃は諸葛亮董允など有能な政治家がいたために特に宦官による被害はありませんでした。しかし董允の死後に陳祗が代わって侍中となると、宦官の黄皓が権力を拡大しはじめます。そしてその権力は諸葛亮の軍政面の後継者である姜維でさえ抑えられない程大きくなってしまいます。宦官により朝廷を牛耳られた事が、劉蜀政権の滅亡を早めたことは間違いないでしょう。