3.孫呉の宦官制度について

 孫呉は制度的には曹魏に近いものを用いていました。故にそのまま行けば曹魏と同じく宦官の勢力が増大する余地はなかったはずです。たしかに、孫呉も初期の頃は、史料の中に宦官に関する記載をほとんど見ることが出来ません。しかし、孫呉も後期になると孫皓という暗君が出、新しい宮殿の造営や後宮の拡大などにより宦官の総数が一気に増加して、宦官を取り巻く環境は大きく変わる事となります。彼ら宦官たちは、孫皓の手足となって徴用税金の取り立てなどを行い、国力を急速に疲弊させていったのです。