ヴィソツキー修道院から北に向かうカルーシスカヤ通り。小振りで古い家屋が多い。飼い犬や野良犬の吠え声が大気中に充満していた。
かつて、正面に見える小高い丘の上(現在はクラスナヤ・ゴラーと呼ばれている)にクレムリが聳え立っていた。左に進むとナラ川があり、河川に面した丘を要塞に利用するのは古代ロシア都市の常道。雪原の中では若人たちがサッカーに興じている。
丘の上にはイヴァン雷帝時代の白石造りの城壁跡が2箇所だけ残っているが、その一部。
別の角度から。大型の銃眼がお分かりいただけるだろうか。イヤな感じの落書きから判ずるに、この街にもネオナチっぽい連中がいるらしい。
クレムリ内の歴史博物館では、かつての城壁の一部がディオラマで再現されている(フラッシュでちょっと見辛いが)。大手門にあたる部分を示したもので、防御戦闘を考慮して複雑な構造になっていることが分かる。
(05.02.15更新)