ゴロドークの丘を登り切ると、ごく普通の民家が並ぶ向こうに、白石造りの聖堂が見える。
これは、14世紀の末にユーリー・ドミトリエヴィチ公が建てさせたウスペンスキー聖堂である。後世の改築を被ってはいるが、モスクワ・ルーシの建築的伝統を伝えている。また、聖堂左手の小さな鐘楼は19世紀に追加されたもの。
聖堂の表面には、伝統的な浮彫りによる装飾が施されている。しかしよく見ると、アプシダ(後陣)では彫刻の一部が消滅していた。やはり時の流れは過酷なものだ。ちなみに、聖堂内部のフレスコ画なども傷みが激しく、足場を組んで修復の最中であった。
分り辛いが、バドミントンを楽しむ家族連れの背後に見える小山のようなものは、かつての土塁の一部である。ユーリー公の時代にはこうした土塁がクレムリを取り巻き、さらに木でできた城壁や櫓が並んでいたという。往時のズヴェニゴロド・クレムリを偲ばせるのものとしては、今となってはこの土山とウスペンスキー聖堂が残るにすぎない。
土塁の切れ目。昔もこの位置に門があったのかは分らない。こういうものを見ると、東京で城跡を熱心に回っていた頃を思い出す。
(05.07.07更新)