ロシア歴史紀行アルバム10-11

ズヴェニゴロドその11



モスクワ川。この川の水運は、かつてのズヴェニゴロドにとって重要な役割りを果たしていた。クレムリもモスクワ川を見下ろせる場所にある。


クレムリからさらに東を指し、現在の市街地へ向けて歩いている途中に見かけた建物。壁に嵌め込んであるプレートによれば、これは昔のパイロット養成学校であり、ここを巣立った搭乗員たちが第2次世界大戦で活躍したとのこと。このような地方都市でも飛行機乗りを育てていたとは、ソヴィエト侮るべからずである。


地図上では、ここが現在の市街地でも中心部にあたるはず。見ての通り、ごく小さな田舎町である。ただ小さいなりに道路などはきれいだし、雰囲気も落ち着いていて悪くはなかったと思う。


ロシアならどの街にもあると言っていい、戦没者慰霊公園と「永遠の火」。街の規模には似つかわしくないほど立派で、よく整備されていた。兵士の像の右手に並んでいる石のプレートには、この街から出征して亡くなった人々の名が刻まれているようだ。


戦争初期の1941年11月15日から12月12日まで、つまりソ連が危機的な瞬間を迎えていたまさにその時期、この建物にはゴヴォロフ司令官(後の元帥)の第5軍とズヴェニゴロド地区守備隊の司令部が入っていたという。一見何の変哲もない建物だが、実は重要な史跡なのである。それはいいとして、正面に突き出した妙にバランスの悪いベランダは早く修理するべきだと思う。下を通るのがはばかられるほど老朽化していたので。

(05.07.07更新)


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