ロシア歴史紀行アルバム13-4

川から見たモスクワその4



救世主キリスト聖堂のほぼ対岸(南岸)にある通称「河岸通りのマンション」。1931年に完成した巨大な総合住宅施設で、都心の一等地にあり設備も充実、かつてはソ連のエリート層の多くがここで生活していた。ただし、大粛清の時代にはこのマンションから密かに連れ去られ、命を絶たれた者も少なくないという。現在では、何故か屋上でベンツのエンブレムが常に回転し続けている。


再びモスクワ川北岸、救世主キリスト聖堂の少し先にあるこの不思議な建物は、建築様式から見ておそらくネオ・ロシア様式に属するもの。19世紀末から20世紀にかけて流行を見た、伝統的なスラヴ文化を基礎とする独自の芸術様式である。


出た…船に乗って右手に巻き物を高く掲げるこの人物はピョートル大帝。実物がこれまたとてつもなく大きく、大魔神もかくやという感じ。市の上層部が勝手に作らせたもので、モスクワ市民の間ではたいそう評判が悪いんだそうな。像の左側に見える大きな建物はプレジデント・ホテルで、ロシア大統領府直属の高級宿泊施設である(もともとはソ連共産党中央委員会の発注により建設された)。


ピョートル像から後方を振り返り、製菓工場クラースヌイ・オクチャーブリ(「赤い十月」)を見る。伝統あるお菓子メーカーで、ソ連時代から子供たちの人気者であった。近くを通るとたまに甘い匂いがするので、今でもここで生産を続けているようだ。


ゴーリキー公園が近づいてきた。ソ連時代からモスクワ市民にとって憩いの場の1つであり、現在ではジェットコースターなどのアトラクションが設けられている。

(05.09.07更新)


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