2005年8月27日と28日に訪問。
スターラヤ・ラドガは現レニングラード州内、ラドガ湖からヴォルホフ川をさかのぼった地点にある。今でこそ何の変哲もない小さな村となっているものの、かつてはロシアの歴史を左右する重要な役割りを果たした街であった。この地域には古くからフィン・ウゴル系やスラヴ系の諸民族が混住し、後にノルマン人がバルト海からラドガ湖を経由してヴォルホフ水系へ進出すると、スターラヤ・ラドガはその拠点の1つとなった。リューリクが初めて支配したのも、実はノヴゴロドではなくラドガであったという記録さえ存在している(地元ではこの説が信奉され、誇りをもって「ロシア最初の首都」なる表現が使われている)。実際、考古学的な調査によれば、スターラヤ・ラドガの石造りの城塞は非常に古いルーツを持ち、最古の城は9世紀末(伝説的なオレーグ賢公の時代)に築かれたものだという。
キエフ・ルーシの時代になると、ラドガはノヴゴロド公国内の重要な拠点の1つとなり、12世紀初頭にノヴゴロド公ムスチスラフ・ウラジーミロヴィチ(モノマフの子)の命で新たな要塞が築かれている。その後もスウェーデンなどの外国軍から北西ルーシを守る上で重要な役割りを果たし続けた。このため、ラドガの要塞は15世紀と16世紀にそれぞれ大がかりな改装工事を施されている。しかし、18世紀になるとピョートル大帝がヴォルホフ下流にノーヴァヤ・ラドガ(新ラドガ)の街を築き、スターラヤ・ラドガ(古ラドガ)の要塞はその歴史的な使命を終えることになった。
スターラヤ・ラドガには、鉄道などという洒落たものは引かれていない。ので、このヴォルホフストロイ1駅(ヴォルホフ市)からバスかタクシーで向かうことになる。駅舎の規模は小さいが、立派なスターリン建築の駅舎であった。
ヴォルホフストロイの駅頭に置かれていた機関車。1943年2月7日、包囲下のレニングラードに初めて食糧と弾薬を運び入れた、歴史的な車両であるという。
駅前はこんな感じ。寂しいなりにタクシーが多いのは、観光地スターラヤ・ラドガを訪問する客を当て込んでのものであるらしい。実際、我々もバスを待ち切れずにタクシーを使うという贅沢なことをやった。
いよいよラドガへ。まず着いた先は、町の南側に位置するニコリスキー修道院。伝説によればアレクサンドル・ネフスキーによって創建され、聖ニコライの遺骸の一部が聖遺物として伝わる。それからタクシーの運ちゃんによれば、門の前に見える広場は、以前プーチンが視察に着た際に作られたヘリポートなんだそうな。
修道院前より、ヴォルホフ川上流を望む。この川をさかのぼっていけばノヴゴロドにたどり着く。
(05.09.20更新)