2005年9月24・25日訪問。
イズボルスクはプスコフより西方およそ30キロの場所に位置している。ロシア史の中でも最も古い町の1つだが、現在では小さな農村にすぎず、かつての栄華を想像することは難しい。
年代記によれば、862年にリューリクが招かれてノヴゴロド(ラドガ?)に入った際、その弟トルヴォルが派遣されたのがイズボルスクであった。この話の真偽はさておき、プスコフと同じくバルト海に至る河川網の上にあるイズボルスクが、早くからバルト地方との交易を通じて発展したことは間違いない。また、西方の外敵からノヴゴロドやプスコフを守る境目の城でもあった。
街には早くから石造りの要塞が存在していたが、度重なるドイツ騎士団の侵入に対抗するためには手狭なものとなったため、14世紀初頭には元の場所からおよそ1キロ南のところに新たな城が建設された。これが現在残るイズボルスクの城塞であり、中世ロシアの建築技術を今に伝えている。
プスコフからイズボルスクまではこのバスで移動した(撮影場所はプスコフのバスターミナル)。フロントガラスにひびが入っている上、車内が妙にガソリン臭い代物だったが、動きゃいいんですよ。
イズボルスクへの到着少し前にバスの車窓から外を撮ってみた。プスコフからイズボルスクへの道中、ほとんどはこんな光景である。
バスを降り、街道からイズボルスクの町(村)に足を踏み入れる。見たところは何の変哲もない田舎町で、電柱の古風なスタイルがひなびた雰囲気を醸し出している。
ロシア国旗を掲げたこの建物は、イズボルスク地区の役場であるという。
イズボルスクでは白石(石灰岩)が豊富に産出するらしく、家屋や納屋などの建築資材として多用されていた。木造建築がポピュラーなロシアの農村においては珍しいことである。
(05.10.12更新)