湖畔の斜面を登る。結構しんどい。
丘の上からゴロジシシェンスコエ湖、そして湖から流れ出すスホドニツァ川を一望。この川はプスコフ湖に注ぎ込み、最終的にはバルト海にまで達している。つまり、ゴロジシシェンスコエ湖とスホドニツァ川は、イズボルスクがバルト海地方との交易を行なうための生命線であった。
湖を見下ろす丘の上には、古くから墓地として使われてきた一角がある。
墓地の北側は、かつてはイズボルスクの中心地であった。リューリクの弟にちなんで「トルヴォルの街」と呼ばれるこの場所こそ、9世紀から13世紀までの城塞の所在地なのである。しかし14世紀に現存の城塞が築かれた後、手狭となったトルヴォルの街は完全に放棄された。
「トルヴォルの街」。往時を偲ばせるのは、ニコリスカヤ教会と街を囲んでいた土塁の一部(教会の右後方)のみ。
(05.10.12更新)