2005年10月22日と23日に訪問。ただし、今回はキリロフ訪問のために立ち寄っただけであり、ヴォログダ自体をゆっくり見て回ったわけではない。ここに掲載している写真は全て、23日にキリロフからモスクワへ帰る途中、時間を見つけて街を散策した際に撮影したものである。
ヴォログダはいわゆる「ルースキー・セーヴェル(ロシア北部)」を代表する古都の1つであり、モスクワより北461キロの地点に位置している。その歴史は12世紀にまでさかのぼり、とりわけモスクワ大公国時代には、アルハンゲリスクを起点とする北ドヴィナ・スホナ交易ルートの一翼を担って繁栄した。しかしサンクトペテルブルクの建設によってバルト海への道が開けると、ヴォログダは商業都市としての重要性を失い、北ロシアの地方都市の1つとして落ち着くに至った。また、1918年にブレスト・リトフスク条約が締結されてから5ヵ月間、ヴォログダには米・英・仏・日など11カ国の大使館が集まり、一時的にロシア(ボリシェヴィキ政権)の「外交上の首都」になったというユニークな経歴も持っているという。
なお、ヴォログダに入ってから最初に訪れたのが、街の北4キロほどのところにあるスパソ・プリルツキー修道院であった。この修道院は、1371年に修道士ディミトリー・プリルツキーによって創設されたもので、ドミトリー・ドンスコイを初めとする大公やツァーリの庇護を受けて発展した。ソヴィエト政権下では閉鎖を余儀なくされたものの1991年に復活し、修道院としての活動を再開している。現在、敷地内に入るには修道院側の特別な許可が必要であり、我々は壁の外を歩いただけで帰ってきている。
スパソ・プリルツキー修道院の「聖なる門」と門上のヴォズネセーニエ教会(16世紀)。修道院の北側に位置している。
17世紀に築かれた強力な城壁と塔が修道院の敷地を守っている。
「聖なる門」脇の鐘楼。
こちらはヴォログダ川沿いの城壁である。川は修道院の西側を流れている。
ヴォログダ川。この川を下っていくと、ヴォログダの街へ行き着くことができる。昔は水上交通も使われていたのだろう。
(05.11.19更新)