ロシア歴史紀行アルバム27-1

ロストフ・ヴェリーキー


 2005年12月3日と4日に訪問。
 ロストフ・ヴェリーキー(大ロストフ)はモスクワの北東210キロ、ネロ湖の湖畔に位置する街。ネロ湖はコトラスリ川を通じてヴォルガ川に連絡しており、ロストフはヴォルガ水系の交易路によって発展した北東ルーシ地方の、それも最古の都市の1つであった(史料初出は862年)。12世紀後半にはこの地域の覇権をウラジーミル市と争って破れるが、13世紀にはフセヴォロド大巣公の長子であるコンスタンチン公が一時的にロストフを北東ルーシの政治的中心とするなど、そのステータスは依然として高かった。
 モンゴル軍の襲来後、ロストフ公国は分割相続によって力を弱め、新興勢力であるモスクワに吸収されていく。しかし、政治的な重要性こそ失ったものの、ロストフの街そのものは依然としてロシアでも有数の文化的中心地であり続けた。16世紀になると、ロストフをオプリーチニナに編入したイヴァン雷帝、そしてボリス・ゴドゥノフの手により、街には数多くの聖堂が築かれている。
 17世紀初頭のスムータの時代、ロストフはポーランド軍の襲来を受けて荒廃したため、ロマノフ朝成立後には街の防御力を高めるために近代的な堡塁が築かれた。そして17世紀後半、府主教ヨナ・スィソエヴィチの尽力により新たな府主教館が完成し、これは現代に至るまでロストフでも一番の名所となっている。


この列車(ヤロスラヴリ行き)に乗ってロストフまで行ってきました。フラッシュを焚いたので必要以上に暗く写ってしまったが、実際には周囲はもっと明るかった。


車内。これまで夜行は何度も使っているが、昼間の特急列車というのは実は今回が初めての体験であった。


ロストフ駅と駅前広場。駅舎は味気ない感じの建物である。ここから観光の中心となる旧市街までは歩いて10分程度。


旧市街に向かう途中、ルナチャルスキー通り沿いにあった民家。伝統的な木造建築である。2階の窓飾りがやたらに立派だが、このスタイルの家屋はいくつも見かけたので、もしかするとロストフ地方に伝統的なデザインなのかもしれない。


こちらも木造家屋。よく見ると右側の軒がへたっているのだが…大丈夫か?

(05.12.16更新)


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