2005年12月10日訪問。
モジャイスクはモスクワの西およそ110キロの地点にある小都市で、1231年からその存在が知られる。モンゴル侵攻後にモスクワ公国が勃興すると、モジャイスクはその西の国境を守る哨所として重要な役割りを果たした。実際にモジャイスクは何度となく戦いの舞台となっており、かつて「モジャイの彼方へ追い払う」という言い回しは「モスクワの領土から敵をたたき出す」ことを意味していた。また、ドミトリー・ドンスコイの息子の1人であるアンドレイ公の下でモジャイスクは独立した公国の首都となり(14世紀から15世紀)、独自の貨幣すら発行している。
もう1つ、、モジャイスクは聖ニコライ信仰の盛んな街としても有名である。数多いニコライの聖像の中でも、「モジャイスクのニコラ」は片手に剣、片手に石造りの教会と街を持ち、国土を守る守護者の姿として描かれている。これはおそらく、モジャイスクが長年ロシアの西の玄関口として外敵からの攻撃の矢面に立ち続けてきたことと関係があるのだろう。
跨線橋の上から見たモジャイスク駅。この日はかなり寒かった。
駅前では地元のおばちゃんたちが小さな市を出していた。
モジャイスクの中心部に立つソ連軍兵士の像。1941年のモスクワ攻防戦に際して、モジャイスク地区では激しい戦いが行なわれており、これを記念したものである。他にも市内ではいくつかの慰霊碑を見ることができた。
その近くにはこんな壁画が。1812年の対ナポレオン戦争を題材としたものであろう(ちなみに有名な古戦場のあるボロジノはモジャイスクの1つ隣の駅)。西方の隣人との戦争に際し、常に最前線となってきたモジャイスクの過酷な歴史が垣間見える。
モジャイスクのシンボル、聖ニコライ(「モジャイスクのニコラ」)像。
(05.12.30更新)