ロシア歴史紀行アルバム3-1

ウグリチ


 2005年2月19日・20日訪問。
 ヴォルガ川の上流に位置する街で、モスクワ大公国時代には大公の弟によって領有されている。特に15世紀後半、アンドレイ・ボリショイ公(イヴァン3世の弟)の精力的な活動によって大きく発展した。また、1591年5月28日にイヴァン雷帝の皇子ドミトリーが謎の死を遂げたのもウグリチでの出来事であった。続くスムータ(動乱)の時代、ウグリチはポーランド軍によって大きな損害を被っている。
 現在の人口はおよそ3万9000人、激動の歴史が嘘のような落ち着いた地方都市である。


ウグリチのバスセンター。鉄道は日に数本しか発着しない街なので、バスが主な対外交通機関となっている。


バスセンターから一本裏手の通りに入るとこんな感じ。鄙びた田舎町の光景である。


アレクセーエフスキー修道院。3つの尖塔が聳えるウスペンスキー聖堂が非常に印象的である。


同修道院を別の角度から見たところ。


修道院は小さな丘の上にあり、そこから周囲を見下ろした光景。街よりは村と呼んだ方が近いような雰囲気。

(05.02.24更新)


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