2006年1月14日から15日にかけて訪問。
ニージニー・ノヴゴロド(形容詞形は「ニジェゴロド」)は、ロシアでも人口第4位という大都市であり、オカ川がヴォルガに注ぎ込む河口に位置している。街の成立は1221年、ウラジーミル大公ユーリー・フセヴォロドヴィチにより、ヴォルガのブルガール人と戦うための拠点として築かれた。なお、ニージニー・ノヴゴロドという名前は直訳すれば「下流のノヴゴロド」を意味するが、その由来については諸説あって定めがたい。かつて、ヴォルガ流域の中でもウラジーミル・スーズダリ公国の領土に含まれる地域は「ニズ(下流)の地」と呼ばれており、そこに築かれた新しい街(ノヴゴロド)であるためこの呼び名を得た、との説明もそのうちの1つである。
モンゴル軍の侵攻後にウラジーミル大公国が荒廃すると、ニージニー・ノヴゴロドは新たにニジェゴロド・スーズダリ公国の首都として発展した。しかしモスクワとの覇権争いに敗れ、15世紀には独立を失っている(ちなみに有名な貴族シュイスキー家は、ニジェゴロド・スーズダリ諸公の血をひく家門である)。しかし、その後もニージニー・ノヴゴロドは一貫してヴォルガ地方の中心都市の1つであり続け、近代に入ってなおその意義を失うことはなかった。
ソヴィエト時代のニージニー・ノヴゴロドは、この街に生まれた文豪の名にちなんでゴーリキーと改名され(1932年から90年まで)、外国人が立ち入ることのできない閉鎖都市となった。しかしソ連崩壊後の現在はこうした制限もなく、ロシア地方都市の雄として新たな発展の時を迎えようとしている。
ニージニー・ノヴゴロドの駅舎内。広くてきれいな建物に、古式床しいソヴィエツキーな壁画が印象的である。
駅舎を外から見たところ。後期ソヴィエトに特徴的な、何の面白味もない建築物である。なお、「モスクワ駅」と書かれているのは、これがモスクワ方面と連絡するターミナル駅だからであり、モスクワに「レニングラード駅」や「カザン駅」などが存在するのと同じ理屈。
駅前には真新しいショッピングセンターが立っていた。もちろんこれだけで判断できるものではないが、街の金回りは悪くないように見える。
一応、マクドもあります。夜行列車が朝早く着くので、時間をつぶせる場所があるのはありがたい。
駅の一角にあった「皇帝のパヴィリオン」。かつてニコライ2世一家が立ち寄った、由緒ある建物だという。
(06.01.30更新)