ロシア歴史紀行アルバム32-2

ニージニー・ノヴゴロドその2



鉄道駅を含む新市街がオカ川の左岸に位置しているのに対し、歴史的な建築物のほとんどは右岸の台地上に集まっている。で、いよいよそちらの見学へと出発。まずはニージニー・ノヴゴロドの心臓と言うべきクレムリへ向かう。


クレムリ前のミーニンとポジャルスキー広場に立つクジマ(コジマ)・ミーニンの像。ロシア全土が戦乱の淵に沈んでいた1612年、モスクワをポーランド軍の手から解放するための国民軍を組織した、ロシア史上の「英雄」の1人である。なお、当時のミーニンは、ニージニー・ノヴゴロドでも「町年寄り(スタロスタ)」と呼ばれる有力な商人であった。


ニージニー・ノヴゴロドの正門を兼ねるドミトリエフスカヤ塔。1372年にドミトリー・コンスタンチノヴィチ公が築かせた塔で、クレムリの中でも最古の歴史を誇る。ただし現存の建築物は、16世紀にクレムリ全体が石造化された際、かなりの改変を被っているらしい。


ドミトリエフスカヤ塔をくぐるとこのような光景が…ソヴィエト時代のニージニー・ノヴゴロド(ゴーリキー)は有力な軍需産業の拠点であり、この街で生産された第2次世界大戦当時の兵器を記念した展示なのである。


ソ連の兵器と言えばやはりこれが定番だろう。どこでも見かけるT-34-85。

(06.01.30更新)


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