ロシア歴史紀行アルバム32-20

ニージニー・ノヴゴロドその20



大ポクロフスカヤ通りに隣接するアレクセーエフスカヤ通り。正面に見える2階建ての建物は「農民の家」という名のホテルで、我々はここに宿泊した。


街の中には古めかしい木造の家屋も残っている。手前の車はパトカーで、警官がエンジンの整備に掛かり切りになっているところ。


ミーニンとポジャルスキー広場に面して立つ旧ギムナジウムの壁面にはこのようなプレートが。かつて、レーニンの父イリヤ・ウリヤーノフがここで教鞭をとり、またその官舎で姉アンナと兄アレクサンドルが生まれたと記されている。


街の東外れ、ヴォルガ川に面した高台の下にあるヴォズネセンスキー・ペチョールスキー(洞窟)修道院。開基は1328年から30年の間と古く、キエフの洞窟修道院からやってきた修道僧ディオニシーが創設者となった。ただし、元々の修道院は街からより遠い場所にあったのだが土砂崩れにより崩壊し、1597年に現在の場所へ移されている。


1377年、修道士ラヴレンチーはここで原初年代記の有名な写本を作成した。いわゆる「ラヴレンチー写本」である。もっとも、当時のペチョールスキー修道院は土砂崩れ前の位置にあったから、厳密には「ここ」ではないのだが。

(06.01.30更新)


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