ブラーツク要塞の櫓。17世紀、シベリアを東進したカザークたちがアンガラ川の畔に建設したものを、ソ連時代にはるばるコロメンスコエまで運んできたということである。上部の張り出しの隙間は銃眼として利用されたのだろう。
同じく。丸太を組んだ柵の一部が付属している。
「ピョートル小屋」。元は北ドヴィナ川の河口部にあったもので、かつてピョートル大帝がアルハンゲリスクの要塞建設と造船を監督した時、2か月半にわたってこの小屋に滞在している。
正面から。中の部屋は狭苦しく、出入り口も低く作られている。身長2メートルを超すという大男だったピョートル大帝がよく住んでいられたものだと思う。もっとも、ピョートルには開所恐怖症の疑いがあるらしいのだが。
ニコロ・コレリスキー修道院の門(17世紀)。この建築物も北ドヴィナの河口からの移築組である。
(06.02.28更新)