2006年5月6日から8日まで訪問。
ヴォルガ河畔に位置する古都で、ロシアの観光ルートとして名高い「黄金の環」の1つとして知られる。街の起こりは11世紀、ヤロスラフ賢公の創建によると伝えられ、元々はヴォルガ川とコトロスリ川の合流地点に築かれた要塞であった。コトロスリをさかのぼるとネロ湖に出るが、ここには北東ルーシにおいて早くから発展したロストフの街が存在しており、ヤロスラヴリはロストフがヴォルガへの出口を確保する上で橋頭堡の役割りを果たしたと言うこともできる。この辺りの事情についてはこちらを参照。
モスクワ・ルーシの時代に入ると、ヤロスラヴリは早い段階で独立公国としてのステータスを失い、モスクワ大公の支配下に入った。しかし、街の本格的な発展はむしろこの後に始まったと言っていい。。ヴォルガ川の水運はヤロスラヴリの商人たちを利し、とりわけ18世紀には商都としての賑わいを見せた。エカテリーナ2世の指令を受け、本格的な都市計画に基づく再開発が行なわれたのもこの時期のことである。
現在のヤロスラヴリは人口60万を超え、同名の州の州都となっている。観光地としてよく整備されているのみならず、産業的にも発展しているのか、街には地に足のついた活気が感じられた。
ヤロスラヴリ駅。と言ってもここはモスクワで、ヤロスラヴリ方面の列車が発着するターミナル駅なのである。
ヤロスラヴリ(モスクワ)駅のディティール。円柱下部に見える熊の浮彫りは、おそらくヤロスラヴリ市の紋章が熊をあしらっていることによるものだろう。
駅の隣に立つ、何となく寂し気な感じのレーニン像。
そしてこちらは「ヤロスラヴリの」ヤロスラヴリ駅。クラシックなデザインの建物だ。
ヤロスラヴリ駅からバスに乗り、まずは街の中心部に近いヴォルコフ広場へ向かう。
(06.05.12更新)