ロシア歴史紀行アルバム40-16

ヤロスラヴリその29



同じ公園の中にあるグリゴーリー・デミドフ記念柱。デミドフは有名な大企業主の1人で、ヤロスラヴリの学校創設に尽力したため、1829年にこのモニュメントが作られた。しかし革命後の1931年に破壊され、2005年に再建されるという、ロシア/ソ連史によくある作ったり壊したりの運命をたどった。


もう少し先に行くと、第2次世界大戦の戦没者に捧げる「永遠の火」がある。この写真を撮影するちょっと前までは2人の軍人が衛兵に立っていたのだが、当番の時間が終わったのか、仲間らしい集団が集まって来るとご覧の有り様。みんなで連れ立ってどっかへ行ってしまい、交替の衛兵は残らなかった。そんなんでいいのか?


先ほど見た1918年事件に関する記念碑の近くには、閉鎖されたキリロ・アファナーシエフスキー修道院が立つ。ミーニンとポジャルスキー率いる国民軍がヤロスラヴリに集合したことを記念し、1664年に建設されたものだという。


修道院はいまだ活動を再開してはいないようで、施設の一部は旅行会社に、また一部は射撃クラブに使われていた。この聖堂も、修道院時代とは全く違う用途のために改造されているのだろう。


再びヴォルガ川岸へ戻り、今度は歴史博物館へ向かう。

(06.05.17更新)


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