ロシア歴史紀行アルバム49-4

スターラヤ・リャザンその4



リャザンの街はオカ川に面した小高い丘陵の上に広がっており、川に向かって岬状に突き出した突端部にクレムリが、そしてその外側に2層の居住区が位置している。写真に見える右側の丘がクレムリ、左の丘は「スレードニー・ゴロド」(「中の街」)と呼ばれる地区で、中央の窪地はかつての堀の跡である。


堀底より、いま来た道を振り返ったところ。この角度からだと左の丘がクレムリ跡ということになるが、丘の上は現在では墓地になっている。


スレードニー・ゴロド跡。土が盛り上がって見えるのは土塁の跡であろう。


そしてこれが、スレードニー・ゴロドとその外に広がるストリーチヌイ・ゴロド(「都の街」)を隔てていたと思われる堀の跡。「思われる」というのは、復元図と見比べると違いが大きく、どこが本来の堀であったか確信が持てないからだ。土砂崩れなどの影響で、スターラヤ・リャザンの地形はリャザン時代のものとは随分と変わってしまっているらしい。


同じく。どこまでが堀でどこまでが崩落によって生じた窪地なのか判別し難いのが遺憾なところだが、とにかく遺跡というのは美しいものだと思う。

(06.07.08更新)


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