別の角度から見たアレクセイの離宮の模型。月並みな表現だが、本当に「お伽の国」にありそうな建物だ。
カザンの聖母イコン教会。上の写真では右の奥の方に写っている。アレクセイ・ミハイロヴィチの礼拝堂であったこの教会は、石造りだったため取り壊しを免れて今に至っている。
ちなみにこちらは、離宮の跡地の一角。かつてツァーリに供する食事を作っていた建物の跡で、発掘により礎石の位置が明らかになり、分かりやすく整備されている。後方に見えるガラスの三角屋根は、やはり発掘された食糧の地下貯蔵庫(氷室)を覆っているもの。
ロマノフ朝第2代皇帝アレクセイ・ミハイロヴィチの肖像。
離宮で使われていた椅子。オランダからの輸入品と考えられている。ピョートル大帝以前のロシアは、西欧とは全く交渉がなかったかのように考えられがちだが、実は意外にそうでもなく、アレクセイ時代には西からの文物も少しずつロシアに入って来ていた。
(06.07.17更新)