ロシア歴史紀行アルバム53-1

シモノフ修道院


 2006年6月14日訪問。
 モスクワ市内の東南部に立つ修道院で、セルギー・ラドネシスキーの弟子にして甥である修道士フェオドルにより、1370年に開かれた。「シモノフ」の名は、もともとこの地を所有していた大貴族シモンに由来している。また、修道院は1379年に現在の場所へ移されたが、それまでは500メートルほど離れた場所に位置していた(今も「スタールイ・シモノフ」すなわち「古いシモノフ」と呼ばれ、教会が残っている)。
 シモノフ修道院はモスクワ川の東岸にあり、クリミア汗国軍などの襲来から街を守る要塞の役割りを果たしていた。修道院を守る城壁が改築されたのは15世紀の70年代から90年代にかけてのことだが、モスクワでは初めて建築資材にレンガが使われたという。その後、防御施設は1640年から42年に改築され、現存の城壁や塔はこの時に築かれたものである。要塞機能ばかりでなく、修道院としての規模も大きく発展し、かつてはロシアで最も広大な所領を持つ修道院であった。また、ヴァシアン・パトリケーエフやマクシム・グレフといった文人がここで暮らしたことでも知られる。
 1923年、シモノフ修道院はソヴィエト政権により閉鎖され、30年代には施設の大部分が撤去された。モスクワの大きな修道院の中でも、最も徹底的な破壊を被ったものの1つであり、現在では城壁と塔の一部、それに教会が付属したトラペズナヤ(食堂)などがわずかながらに往時の栄華を伝えている。


修道院に最寄りの地下鉄駅であるアフトザヴォーツカヤ。


アフトザヴォーツカヤ駅の構内はこうしたモザイク画で飾られている。いかにもソ連時代の芸術作品という感じだ。


駅から外に出たところ。「アフトザヴォード」とは自動車工場を意味する言葉で、この界隈はモスクワ市内でも工業地帯としての伝統を持つ地区の1つである。すでにここからシモノフ修道院の塔が見えている。


ソロエヴァヤ塔。他の修道院ではあまり見かけない、ユニークな形の尖塔が印象的。


塔の基部。まことに堂々たるスタイルだ。上部に白石がちりばめてあるのは、いかなる理由によるものだろうか。
 

(06.07.18更新)


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