工業地帯の奥に立つこの教会は、スタールイ・シモノフ(古いシモノフ)の聖母生誕聖堂という。1370年、シモノフ修道院の創始者フェオドルはこの場所に教会を建て、9年後に修道院が現在の場所へ移された後も、「古いシモノフ」の教会は修道士たちの祈りの場所であり続けた。現存の聖母生誕聖堂は1509年に立て直されたものである。
聖母生誕聖堂はまた、クリコヴォの戦いの英雄ペレスヴェートとオスリャービャの棺が安置されていることでも知られる。一方、ソ連時代には閉鎖の憂き目にあい、丸屋根と鐘楼を撤去された上で工場の一部に変えられてしまった。聖堂の周囲を工業地帯が取り巻く形となったのも、もちろんこの当時の出来事である。
ピンク色で塗られた鐘楼。上述の通り、ソ連時代にこの鐘楼は破壊されてしまったため、近年になってから復元されたことになる。
鐘楼の一角に鐘が埋め込まれている。もしかすると、古い鐘楼で使われていたものかもしれない。
再びシモノフ修道院の方へ戻る途中、このような看板を見かけた。どうやら現在、修道院の領域内には、視覚・聴覚障害者のための教会が設けられているようだ。また、上の方に掲げられている絵が、在りし日のシモノフ修道院を描いたものだろう。
(06.07.18更新)