ロシア歴史紀行アルバム67-1

チェルニャホフスク


 2006年9月8日、つまりカリーニングラード旅行の2日目に訪問した。
 カリーニングラードの東およそ90キロに位置しており、州内の他の街と同様、元々はドイツの都市として発展した履歴を持つ。ドイツ時代の名前はインスターブルクといったが、東プロイセンがソ連に併合された後の1946年、ソ連の軍人イヴァン・チェルニャホフスキーを記念して現在の名に改められた。チェルニャホフスキー大将は第3ベラルーシ戦線の司令官として東プロイセン攻略作戦に参加し、その戦いの中で戦死している。
 現在は目立たない小都市にすぎないが、かつてはドイツ騎士団がプロイセンを征服した時の拠点の1つであり、1336年に築かれた城の廃虚が残る。また、カリーニングラードに比べると古い建物が多く、ドイツ時代の面影を感じることができる。そして、市民の中にも歴史的な遺産の保存・復旧に関心を持つ方が少なくないようだ。東プロイセンの歴史に興味を持つ者にとっては見どころの多い街だと思われる。


カリーニングラード駅にて。この列車に乗ってチェルニャホフスクへ行きました。


車窓より。カリーニングラード州はそれほど人口が稠密ではないらしく、このような光景を見ることが多かった。また、モスクワ辺りと比べると森が迫っておらず、そのため広々とした印象を受ける。


チェルニャホフスク駅。カリーニングラード州内では3番目に大きな街だそうだが、それでも駅の規模はこの程度だ。


駅の一角にあったイヴァン・チェルニャホフスキー記念プレート。


正面から見た駅舎。

(06.10.03更新)


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