2006年9月20日訪問。
モスクワの心臓とも言うべきクレムリンは、大きく蛇行しながら流れるモスクワ川の岸辺、しかも川の湾曲部の外側(北岸)に位置している。一方、その対岸(南岸)すなわち弧の内側に当たる部分は昔からサドヴニキと呼び慣わされている。名の由来は、15世紀末から18世紀初頭にかけてこの地区にモスクワ大公/ツァーリ所有の庭園「ゴスダーレフ・サード(君主の庭園)」と、その係官たちが住む村(サドヴァヤ・スロボダー)が存在したからである。火事の時に対岸のクレムリンへの延焼を防ぐため、この場所の建物を撤去して庭園を造築したという経緯もあるらしい。そして18世紀、モスクワ川の湾曲部の両端をつなぐような形でヴォドオトヴォードヌイ運河(排水運河)が作られると、サドヴニキはモスクワ川と運河に挟まれる中州のような地区に変わった。
クレムリンや赤の広場などを擁するモスクワ川の対岸と比べると、サドヴニキは観光名所としては無名に近い。しかし、歩いてみると意外にたくさんの史跡やバラエティ豊かな建築物見ることができ、見応えのある地区という印象を受けた。モスクワ散策コースの1つとしては充分にお勧めできる。

サドヴニキ地区より、モスクワ川にかかるボリショイ・モスクヴォレツキー・モスト(大モスクワ川橋)を望む。橋は1936年から37年にかけて建設された。対岸にはお伽話の宮殿の如きヴァシーリー・ブラジェンヌイ聖堂の姿が見える。

同じく対岸で、視線をもう少し右にずらすとロシア・ホテルの解体現場が見える。遊覧船の上から在りし日のホテルの勇姿を撮影したのは、わずか1年前のことだったのだが…

大モスクワ川橋のたもとに立つバルチューグ・ケンピンスキー・ホテル。モスクワでも屈指の高級ホテルである。内装は大々的に改装されているが、建物自体は1898年に作られた。また「バルチューグ」というのはこの一帯の地名で、元々はタタール語で「泥」を意味している。昔はモスクワ川沿いの湿地帯だったのだろう。

対岸から見るクレムリンもなかなか美しい。

ソフィースカヤ川岸通り。ピンク色の背の高い尖塔は、通りの名の由来となった「中サドヴニキのソフィヤ教会」の鐘楼である。
(06.10.25更新)