ロシア歴史紀行アルバム77-1

ヤウザ門


 2006年10月7日訪問。
 タイトルを「ヤウザ門」(ヤウズスキエ・ヴォロータ)としたが、実は看板に偽りありで、今回はヤウザ門という門を見学したわけではない。というより、ヤウザ門自体が現存していないのである。
 ヤウザ門は、かつてモスクワの街を守っていたベールイ・ゴロド城壁の南東部に位置していた門で、ヤウザ川がモスクワ川に流れ込む河口近くにあったためこの名で呼ばれていた。ベールイ・ゴロドの城壁は18世紀後半に撤去され、ヤウザ門も同時に消滅したのだが、その跡地は同名の広場(ヤウザ門広場)として整備されたのである。なお、ヤウザ川は北東方向からモスクワ川に流れ込む小さな川で、かつてはモスクワ川とクリャジマ川を結ぶ通商路としても利用されていた。
 今回は、地下鉄キタイ・ゴロド駅からソリャンカ通りを南下してヤウザ門広場を通過、さらにヤウザ川を渡って地下鉄タガンスカヤ駅まで歩いてみた。この地区も古い瀟洒な街並あれば巨大なスターリン建築あり、あるいは教会ありと、街の景色の中に反映されたモスクワの歴史を感じ取ることができる。


ベールイ・ゴロドを南東部に下るソリャンカ通り。かつてはウラジーミルへ至る街道の一部であり、17世紀にはヤウザ通りと呼ばれていた(ヤウザ門を通過するため)。ソリャンカ通りと改名されたのは18世紀のことで、かつてこの通り沿いにあった塩(ソーリ)の保管庫にちなんでいる。


ポドコロコリヌイ小路(左奥に伸びる道)とソリャンカ通りの合流点に立つ聖母生誕教会。


さらにソリャンカ通りを進む。古い建物が改修の真っ最中であるが、工事の足場をこうした絵入りの布で隠している光景は珍しくない。まるで芝居の書き割りのような、面白い演出だ。


見るからに古めかしい建物だが、軒の部分に「1825」と書いてあるのを見ると、実際に歴史的な建築遺産だと言えそうだ。デカブリスト事件があった年に建設されたことになる。


ソリャンカ通りを振り返って写した一枚。

(06.11.20更新)


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