2006年10月28日訪問。
モスクワ州内の北東部に位置し、有名な古都群「黄金の環」の1つに含まれる小都市。元々は人の住まぬ鬱蒼たる森林であったところへ、修道士セルギー・ラドネシスキーが分け入って小さな庵と教会を建て、今日のセルギエフ・ポサードの基礎が築かれた。14世紀前半のことである。やがて、セルギーを慕って集まった修道士たちによりトロイツェ・セルギエフ修道院が成立し、さらにその周りには俗人たちが移り住むようになり、1つの街が形作られていった。これは修道院を中心とした一種の開拓運動とも呼べるもので、中世ロシアで繰り返されたこのプロセスは、セルギー・ラドネシスキーを嚆矢として始まったものである。
修道院は時が経つに連れて発展し、また頑丈な石の壁や塔で守られた防御施設としても充実していった。1608年の9月から1610年の1月にかけて、1万5000人のポーランド軍が修道院を囲んだ時も、わずか2500人の守備隊が見事にこれを守り通した。また、1744年には「ラヴラ(大修道院)」の称号を与えられたが、これはロシア正教会でも5つの修道院にしか許されていない特別なステータスである。
ソ連時代のセルギエフ・ポサードは、革命家ザゴルスキー(本名ルボツキー)の名をとってザゴルスクと改名され、修道院も一時的に閉鎖されるなど受難の時を迎えた。しかし幸いにも徹底的な破壊は行なわれず、ソ連崩壊後にはかつてのようにロシア正教の聖地の1つとしての地位を回復している(旧名セルギエフ・ポサードは1991年に復活した)。

セルギエフ・ポサードの一角に立つザゴルスキー像。ザゴルスク時代には街の重要なシンボルだったのだろうが、今ではすっかり忘れ去られてしまっている印象だ。

メインストリート。前方遠くに修道院が見える。

赤れんがのこの建物はおもちゃ博物館。マトリョーシカを初めとする伝統的な玩具が展示されており、非常に見応えがある。建物自体も、ソ連時代初期に建てられた歴史あるものだ。

おもちゃ博物館のある位置は高台となっていて、向かい側の丘に立つ修道院がよく見える。

修道院へ。参拝をすませたのであろう善男善女の群れが我々とすれ違う。
(07.01.07更新)