
ヤロスラヴィウ・ヴァール通りで見かけた「キューバの国民的英雄ホセ・マルティ」のプレート。マルティはキエフに来たことはないだろうから、何故ここにこのようなプレートがあるのか謎だが、ソ連時代からの置き土産なのかもしれない。

もう少し先に進むと、このように不思議な建物を目にすることができる。現在は俳優会館として使われているが、元々はケナサ(もしくはケナッサ)すなわちカライム人(カライ派ユダヤ教徒)の集会所であり、1898年から1902年にかけて建設された歴史的な建築物なのである。

帝政ロシアの時代、カライム人は一般のユダヤ人よりも優遇されており、実業界で活躍する者も少なくなかったという。このケナサはそうしたカライム人企業家の1人で、キエフ最大のタバコ商人ソロモン・コゲンの発注により建設されている。ちなみに、1911年の段階でキエフにはおよそ2000人のカライム人が住み、またロシア帝国全土のおよそ20のケナサのうち11がキエフに集中していた。

再びヴォロディミル通りに出て都心へ向かう。通り沿いの建物の1つには、1916年から18年までチェコの有名な作家ヤロスラフ・ハシェクが滞在したことを示すプレートが掲げられていた。第1次世界大戦にオーストリア・ハンガリー帝国軍の兵士として従軍し、ロシア軍の捕虜となったハシェクは、他のチェコ兵と共にここへ収容されていたのである。

ハシェクが滞在した当時、この建物は「プラハ」という名のホテルであった。1917年、ハシェクはここで代表作「兵士シュヴェイク」シリーズの第1作を執筆している。
(07.01.26更新)