ロシア歴史紀行アルバム83-11

キエフその11



帝政末期の1913年にキエフ県議会として建設された(ちなみにその起工式にはストルィピンの未亡人オリガが出席している)この建物は、革命後には労働組合やウクライナ・ボリシェヴィキ中央委員会などを経てKGBの手に渡り、現在もウクライナ治安機関の本部であり続けている。しかもドイツ軍占領時代にはゲシュタポに使われていたというおまけつき。ある意味、苛烈な運命をたどった建物である。


これもヴォロディミル通りにて、画家ヴィクトル・ヴァスネツォフが1885年から89年までここに滞在したことを示す記念プレート。おそらくはウラジーミル聖堂の壁画を描いた時のことだと思う。


キエフの歴史的中心地の1つ、ソフィア広場に行き着いた。広場に立つ騎馬像はボフダン・フメリニツキー、また正面遠方にはミハイロフスキー・ズラトヴェルヒー修道院が見える。


そしてその背後、大鐘楼(17世紀から19世紀)の向こう側には、キエフ・ルーシの精神的な中心であったソフィア聖堂がそびえ立っている…


ソフィア聖堂。1037年(1017年説あり)にヤロスラフ賢公の命で建設が始まった、ルーシで最大かつ最も権威の高い聖堂である。外観は1740年代の改装により原形をとどめていないが、内部にはヤロスラフ時代のモザイクやフレスコ画などが数多く残り、ルーシの歴史を物語る貴重な遺産となっている。

(07.01.26更新)


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