
見どころ満載のソフィア聖堂を後にして。

ウクライナの対ポーランド独立運動を指導したザポロジエ・コサックの長、ボフダン・フメリニツキーの像。1888年、ルーシの洗礼900年を記念して除幕された。

フメリニツキーの後ろ姿。作者であるミケシンは、ロシア帝国の一体性を強調する目的でこの像を作成しており、手にした棍棒が北東すなわちモスクワの方角を指すような形に設計したのだという。そのフメリニツキー像が、ソ連崩壊後にはウクライナ独立のシンボルの1つと見なされるようになっており、これも激動のウクライナ史を象徴する一断層だと言えそうだ。

さらに後ろから。

次なる目的地のミハイロフスキー・ズラトヴェルヒー修道院(金の屋根のミハイル修道院)。元々はキエフ大公イジャスラフ・ヤロスラヴィチ(洗礼名ドミトリー)が建設したドミトリエフスキー修道院で、そこにイジャスラフの子のスヴャトポルク大公(洗礼名ミハイル)が金の丸屋根を持つミハイル聖堂を建設させたものである(1108年)。
(07.01.26更新)