ロシア歴史紀行アルバム83-22

キエフその22



ポドリエ地区の中心をなす広場の1つ、コントラクトヴァ広場に面して立つゴスチヌイ・ドヴォール(1809年)。ロシア各地で見かける施設で、かつてのアーケード式ショッピングモールである。


ピロホシチャの聖母教会。1133年に大公ムスチスラフ・ウラジーミロヴィチの命で建設され、荒廃と修復・増改築を経て20世紀まで残っていたが、1935年に撤去された。現在の聖堂は1998年に再建されたものである。ただし1935年当時のクラシシズム様式ではなく、12世紀のスタイルを(半ば想像を含んではいるが)採用したのだという。


「ピロホシチャ」とはギリシア語「ピロゴティス」すなわち「塔」を意味しており、ビザンツでは修道院の塔に飾られたイコン、あるいは塔が描き込まれたイコンがこう呼ばれた。また、この聖母教会は「イーゴリ軍記」の末尾に登場することでも有名である(木村彰一訳では「<<塔の>>聖母の御堂」)。


フロロフスキー修道院。その存在が初めて確認されるのはポーランド王ジグムント・アウグストの書状においてだが、それより古くからこの地に立っていたことは確実だと考えられている。


すっかり暗くなってしまったサハイダーチヌイ通りにて。コサックの像らしいが、詳しいことはよく分からない。

(07.01.26更新)


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