ロシア歴史紀行アルバム92-1

チェレポヴェツ


 2007年2月3日と4日に訪問。ただし「訪問」と言っても、実際にはベロジョールスク旅行の基点として通過したにすぎないものである。
 チェレポヴェツはシェクスナ川とヤゴルバ川の合流点に位置する街で、ロシアでも有数の工業都市として知られる。街の起こりは1362年、トロイツェ・セルギエフ修道院からやって来た修道士アファナーシーとフェオドシーがこの地にヴォスクレセンスキー修道院を創立したことで始まり、その後エカテリーナ2世の時代には正式に都市として認められた。しかし現在のチェレポヴェツの輪郭が形成されたのは戦後になってからのことで、大規模な製鉄工場(現在の株式会社セヴェルスターリ)の建設により街は大幅に変化した。今でもチェレポヴェツと鉄とは切っても切り離せない関係にあり、セヴェルスターリの企業城下町としてヴォログダ州最多の人口を抱えている。
 先にも書いた通り、今回チェレポヴェツにはベロジョールスク訪問の前後に立ち寄っただけで、本格的な観光などはしていない。しかし、少数ではあるが写真を撮ることはできたので、ここで公開する次第である。


2月3日、つまり往きに撮ったのはこの1枚だけ。鉄道のチェレポヴェツ駅である。モスクワからチェレポヴェツまでは夜行列車を使い、ここからバスでベロジョールスクへ向かったというわけだ。駅舎は帝政時代に作られたのだろう、随分とクラシックな感じだ。


ここから先は2月4日撮影、つまりベロジョールスクから帰ってきてからのこと。このようなバスでベロジョールスクまで行ってきたわけだが、雪の積もり方が何とも凄まじい。


今度は市内をバスで移動。目抜き通りの1つ、ソヴィエツキー大通りの光景である。


この写真では分かり辛いだろうが、公園の中に高射砲が飾られていた。


バスを降りてからソヴィエツキー大通りを振り返る。チェレポヴェツには新興工業都市というイメージを持っていたのだが、この地区には意外なほど古い建物が残っているようだ。

(07.03.27更新)


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