ロシア歴史紀行アルバム93-1

ボリシャヤ・オルドゥインカ通り


 2007年2月11日訪問。
 モスクワ市の中心部、クレムリンからモスクワ川を挟んだ対岸地区(いわゆるザモスクヴォレーチエ)のメインストリートの1つで、南はゼムリャノイ・ヴァールすなわちかつてモスクワを守っていた一番外側の城壁の南端から、北はクレムリンのすぐ向かいの岸まで、南北に長く伸びた通りである。「オルドゥインカ」の名称の由来には諸説あるが、オルダーすなわちキプチャク汗国と何らかの関わりを持っていることは間違いないらしい。例えばこの通りは汗国へ向かう街道に接続していた、ここに汗国からの大使もしくは出身者が住んでいた、汗国に荷物を運ぶ役を課された人々がこの辺りに集まっていた…等々と。また、「ボリシャヤ・オルドゥインカ(大オルドゥインカ)」というのは、この通りに平行して走るマーラヤ・オルドゥインカ(小オルドゥインカ)と区別するための呼び名が定着したものである。
 特に有名な観光名所があるわけではないが、帝政時代以来の歴史的な街並がよく残る通りであり、ロシア史に関心を持つものにとっては「歩き甲斐のある」地区だと言っていいだろう。


オルドゥインカ通りの南の起点に近い地下鉄ドブルィニンスカヤ/セルプホフスカヤ駅から出たところ。瀟洒なヴォズネセーニエ教会が青空によく映える。


これもまだオルドゥインカに入る前、かつてのゼムリャノイ・ヴァールの外側の地区にあたる。この辺りは比較的よく古い街並が残っているようだ。


ゼムリャノイ・ヴァール跡の環状道路に面して、こんな建物が。「第1パン工場」である。いかにも古めかしい町工場という感じだ。


その近くにはウズベキスタンの詩人・思想家にして政治家、アリシェル・ナヴォイの像が立っていた。2002年に建てられたものだそうだが、どのような由来があってこの場所に登場したのだろうか。


ジトナヤ通り、すなわちかつてはゼムリャノイ・ヴァールの城壁であったところの環状道路。車通りの多いところだ。

(07.04.01更新)


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